エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
(どうして……ここなの……)

 別れて以降一度も訪れたことのなかった場所。それはたくさんの思い出のある場所だからだ。

 清貴が車で送ってくれる時、もう少し一緒にいたいと言ってよくここで車を停めて時間を過ごした。初めてキスしたのもこの公園のベンチだった。当時は明日また会えるとわかっていても、別れ際はいつもさみしかった。

 そしてあの日彼に二度と会わないと決めたときから、ここは菜摘にとっては足を踏み入れたくない場所だったのに、皮肉なものだ。

「こんなところで悪いな。店に入ってもいいが落ち着いて話をするには車の方がいいだろう」

(こんなところ……か)

 菜摘にとっていくら思い入れがあったとしても、彼にとっては〝こんなところ〟なのだ。けれど菜摘が彼にしたことを思えばそれは仕方のないことだ。

「大丈夫、私も他の人がいない方が話しやすいから」

 間違いなく人生における局面を迎えている。雑音のない場所の方がいい。

 清貴は菜摘の返事を聞くと、車のパワーウィンドウを少し下げた。外からさわやかな空気が流れ込んできてほんの少し緊張がほどけた。菜摘は自ら話を切り出した。

「結婚って、本気なの?」

「俺がくだらない冗談を、菜摘相手に言うと思うか?」

 菜摘が首を振ると、清貴は深く息を吐いた。

「あの工場が持っている技術は世界的に貴重なものなんだ。今は大量生産はできないが、今うちが進めているプロジェクトの中で必要なものだ」

「うちの工場の技術が!?」

 たしかに大手企業の下請けから注文を受けて仕事をしている。家庭に出回るような製品に使われる部品ではないが、安定した売り上げはあった。

「そうだ。工場自体の経営は至極まともだ。あの社長がいなければな」

「……それは」

 事実だから否定できない。いくら賢哉や他の従業員が頑張っていても和利がすべてダメにしているのが現状だ。

「だからうちが出資する形にして工場を支援する。ただ大きなリスクを背負うのも事実。そのために菜摘と結婚することで、妻の実家を助けると言う体裁を整える」

 一瞬、納得しそうになったが菜摘は腑に落ちずに聞く。

「でもそれならわざわざ結婚しなくてもいいんじゃない? 正直技術だけなら社員を引きぬけばいいじゃない」

 清貴の頭脳と加美電機の財力があれば他の方法はいくらでもあるはずだ。
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