エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 まっすぐ前を見てそう聞いてきた清貴の言葉にやはりすぐには頷けない。父の技術が生かされること、工場を支援してもらえれば賢哉や従業員も安定した生活を送れる。

 自分が清貴と結婚さえすれば、幸せになれる人がたくさんいる。それも自分が大切に思っている人ばかりだ。

 考えこんでまだ言葉を発することができない。

「いや、菜摘は断らないはずだ。なぁ、そうだろう?」

 菜摘の方を見て不遜な笑みを浮かべる。

 こんな言い方をされて悔しくないはずなんてない。彼は完全に割り切った結婚を望んでいる。そこに愛はない。本来ならばそんな結婚を菜摘はしたくなかった。

 けれど、彼は菜摘の心の中を見透かしているのだ。

 まだ彼の事が忘れられていないということを。

 この七年間、彼を思い出すきっかけがあればすぐに頭の中は彼でいっぱいになり、追い出すのに時間がかかった。

 今日目の前に現れてから、戸惑いや嫌悪感と共に湧き出る彼に再び会えてうれしいという気持ちが心の中に渦巻いている。

(だからこそ……困ってるのに)

 これが他の人であれば、割り切って結婚することができるかもしれない。しかし彼は一度愛した人だ。

 そしてその愛が終わらぬまま別れを告げた相手。そんな相手と割り切った結婚生活を送る、そんな日常がどれほどのものか……一方通行の思いに耐え続けることができるのか。

 しかしそんな悩みも、清貴の目を見るとそんな気持ちがどこかにいってしまう。それを彼がわかっているのだ。

(悔しい、悔しい。だけど……)

「菜摘」

 ごり押しのように名前を呼ばれた。

 彼が自分を呼ぶその声、少し低くて掠れていて……でも優しくて。

(あぁ、もう無理だ)

 菜摘は頷くしかなかった。

「清貴……私」

「わかってる。君は何も悪く無い。俺が全部そうなるように仕向けた。だから君はそれを受け入れただけだ」

 最後はこうやって、菜摘の罪の意識を軽くしようとしている。こういうことをされると余計に昔の彼を思い出し苦しくなるというのに。

「条件をのみます」

「君ならそう言うと思っていた」

 菜摘の返事に満足したのか、清貴は車のエンジンをかけた。もうこれで話は終わりだというように。

 それがなんだが無償に菜摘を悲しくさせた。
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