エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 菜摘がフィッテングルームから出ると、清貴は手にしていたスマートフォンから顔を上げた。

「着替えなかったのか?」

「試着はさせてもらったけど、どういう目的で洋服を買うのかわからないから相談しようと思って」

 女性スタッフがタブレット端末を操作して、清貴に先ほど撮った画像を見せている。

「どれもとてもお似合いでしたよ」

「そうか……じゃあ全部自宅まで配送の手配を頼む」

 清貴の言葉に菜摘はぎょっとした。

「全部って、今日試着したの全部?」

「あぁ、小物も一式。これだけあれば当分困らないだろう」

 スタッフは「ありがとうございます」と満面の笑みで、彼からタブレット端末を返してもらっている。

「あんなにたくさん必要ない。服なら持ってるし」

「クローゼットを確認したが、スカスカだったぞ」

「み、見たの?」

 引っ越しの荷物はすでにふたりの新居となる清貴のマンションに送ってある。荷ほどきまで業者がやってくれるプランだったのですべて任せたのだ。

「これからは、俺の妻なんだ。服装にもそれ相応のものを身に着け気を付けてもらわないと困る」

 冷たく言い切られて、菜摘の心の中でカッと怒りと羞恥心が湧いた。

「私の持っている洋服じゃダメなの?」

 今日は入籍の日だからと、持っている洋服の中でもお気に入りのモノを身に着けた。ヘアメイクだって桃子の好意で可愛くしてもらった。それら全部を否定されているような気がして思わず棘の交じった声を出す。

「どうした、いきなり」

 菜摘の様子に気が付いた清貴が顔を覗き込もうとする。しかし彼女は顔を背けてそれを避けた。

(昔の彼はこんなこと言わなかったのに)

 過去の彼は、菜摘の家庭の経済状況について見下すようなことは一度もなかった。考えが変わってしまったのだろうか。しかしそこで気が付いた。以前と違うのは自分の立場なのだと。

 あのころは清貴の恋人だった。ちゃんと愛されていた。しかし今は違う。工場への支援を条件に、彼との結婚を受け入れた。結婚という契約によって結ばれただけの関係だ。

 以前と同じような扱いを受けなくても当然なのだ。

 しかし傷ついた心を瞬時にたてなおすことができない。

「私、先に帰るね」

「え、おい。菜摘」

 その場を去ろうとする菜摘の手を取り、彼が引き留めた。

 しかし菜摘はそれを振り払い、泣き顔を見られたくなくて店を飛び出した。
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