エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
「菜摘!」
 自分を呼び止める声が聞こえたけれど、そのまま街の中を走り抜けた。
 息を切らせながら走っていた菜摘は、駅の近くに公園にベンチを見つけて座り込んだ。それと同時に涙がにじむ。
「逃げ出しちゃったバカみたい」
 この程度のことで傷つくなんて。覚悟が足りない。そうやって自分を叱ったがそれでも胸はじくじく痛む。
 バッグから取り出したハンカチで目元を拭う。大きな呼吸を続けて、なんとか涙を収めた。ふと視線を向けると、母親らしい女性と三歳くらいの男の子が楽しそうにシャボン玉遊びをしている。母親がつくったシャボン玉を楽しそうにキャッキャと声を上げながら追いかけている姿を見て、その無邪気なかわいらしさに傷ついた心が癒された。
 それと同時に自分のこの結婚のもうひとつの目的である、子供について考えてしまう。初日からこんな形で感情を爆発させてしまった。
 こんなことで跡取りを設けることなどできるのだろうか。それができないのであればこの結婚は失敗になってしまう。
(この厄介な感情がどうにかなればいいのに)
 菜摘の中にある彼への一方的な思いがなければ、もっと楽だろう。好きだという気持ちがあるせいで、彼に期待をしてしまう。
(もっと割り切れれば楽なのに)
 本来ならばもっとも愛する相手であるはずなのに、それをすることで苦しくなってしまう。なんていびつな結婚なのだろう。
 しかしそれを受け入れたのも自分だ。彼の子供が欲しかったと過去の自分の気持ちがよみがえって、その感情に負けてしまった。
 何もかも中途半端で、覚悟がたりない。それなりに覚悟をしてきたつもりだったが、彼を目の前にしてしまうと、感情が先に出てしまう。
(もっと冷静にならなきゃ、この結婚を受け入れたのは私だもの)
 だんだん考えがまとまってくると、自分の今日の行動が彼に恥をかかせたのではないかと思い申し訳なくなってきた。
(きっと気まずい思いをしただろうな。顔なじみみたいだったし)
 今頃になって自分の浅はかな行動を反省し始める。清貴のことになると冷静さを欠いてしまう今日のことを十分反省して、冷静でいれられるようにしなくては。
 そのためには恋心のコントロールをしないといけないのだが、毎日彼の顔を見てそれができるのだろうか。
< 35 / 112 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop