エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 菜摘と祥子がテーブルの上にケーキと紅茶のカップを並べていると、廊下側の扉がいきなり開いた。

「清貴くん! おかえりなさい」

 明るく弾んだ声と共にその場に現れたのは、美しい女性だった。まだわずかに幼さが残っている様子で、大学生くらいに見えた。

 ふわふわの栗色の髪をなびかせながら駆け寄って来た彼女は、躊躇なく清貴の隣の席に座る。

「ねえ~帰って来るなら澪(みお)にちゃんと連絡してよぉ~寂しいじゃない」

 澪と名乗ったその女性は、清貴の腕をとり前後にぶんぶんと揺すっている。

 菜摘は突然現れた女性に驚くと同時に、清貴との距離の近さも気になった。

「ねぇ、今から遊びに連れてってぇ。いいでしょ、ねぇ? ねぇってばぁ」

 はちみつのようなねっとりとした甘さを連想させる声。彼女の目には清貴しか映っていないらしく周囲をまったく気にせずに彼の顔を必死に覗き込んでいた。

「澪、いきなり来てなんだ」

 清貴が澪の手をふりほどき、不機嫌そうに彼女をたしなめた。

「もう、そんな冷たい言い方しないでよ。ちょっと遊びに連れて行ってって言っただけなのに」

 ともすれば子供っぽく見える唇を尖らせるしぐさも、彼女がすれば小悪魔的なかわいらしさになる。

「澪ちゃん、いらっしゃい。ケーキ食べる?」

 祥子の落ち着いた態度から、彼女はこの家にこのような形で出入りする立場なのだと言うことを理解する。

「うん、おばさま。ありがとう。ねぇ、あなたお願いできる?」

「え……はい」

 いきなり指をさされた菜摘は、自分の分のケーキの乗った皿とカップを彼女の前に置こうとした。

「菜摘、それはお前のだろう。澪のは家のものが用意するから。澪、その席は彼女の席だ。どきなさい」

「え、彼女って? 新しい家政婦さんでしょ?」

 顎に人差し指を当ててきょとんとした顔で菜摘の方を見ている。

(家政婦……って)

 羞恥心から頬に熱がこもるのを感じた。自分がまさか使用人に間違えられるとはさすがにショックだ。

「澪ちゃん、彼女は菜摘さんと言って清貴の奥さんになった人よ」

 祥子が慌てて菜摘のことを紹介する。

「清貴くんの、奥さん? え、清貴くん結婚したの?」

「あぁ、だから俺の隣の席は菜摘の場所だ。早くどきなさい」

 しかし澪は立ち上がることなく、その場で大きな目を潤ませて泣き始めた。
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