エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
「嘘よ、清貴くんが結婚したなんて。しかも相手がこんなに地味な相手だなんて信じない」

 ぼそぼそと小さな声だったが、菜摘の耳にも十分聞こえた。後頭部をガンっと思い切り叩かれたようなショックに菜摘は奥歯をぎゅっとかみしめて耐えた。

「澪、出ていけ」

「清貴くん、ひどい!」

「ひどいのはお前だろう。お前が納得しようがしまいが、俺の妻は菜摘だけだ」

 そこまで言い終わると勢いよく椅子から立ち上がった。

「菜摘、帰るぞ」

「え、でも……」

 ご両親の顔を見るとふたりとも、困ったような表情を浮かべていた。

「菜摘さん、今日はこのくらいで。またいらっしゃい」

 秀夫の後押しで、菜摘はすでに出口に向かっていた清貴の後を追う。リビングを出るときに振り返って頭を下げる。

 顔をあげると頭をもたげて泣いている澪の姿が目に入った。祥子が背中を撫でてなぐさめつつ、小さく頷いて早く行くようにと促した。

「菜摘、早く」

「うん」

 廊下の先を歩いていた清貴に急かされて、菜摘はダイニングの扉を閉じた。

「清貴、あの子はいったい誰なの?」

 外に出るまで我慢できずに尋ねた。

「彼女は隣の家に住む丸森(まるもり)澪。丸森不動産の社長の娘だ。小さいころからうちに出入りしているから、今日もなんの断りもなくやってきたんだろう」

 かっこいい幼馴染に恋をする気持ちは理解できなくもない。菜摘を見てがっかりしたのもわからなくもなかった。

「まだ子供なんだ。嫌な気持ちにさせたな。すまない」

「ううん、家政婦さんに見えたのは私のせいだし」

 清貴にも「加美家の一員」としての立ち居振る舞いを求められている。そう見えないのは自分がまだちゃんとできていないせいだ。

 菜摘の言葉に清貴が、一瞬渋い顔をした。

「どうかした?」

「……いや。なんでもない」

 玄関から外にでると連絡があったのか、運転手が車の後部座席のドアを開けて待っていた。

 そこに乗り込もうとした清貴の動きが止まった。

「菜摘、少し歩かないか?」

「いいけど……」

「車はいい。後で適当にタクシーでもひろう」

 清貴が断りを入れると、運転手は深々と頭を下げた。

「行くぞ」

「うん」

 歩き出した菜摘だったが、数歩進んだところで足を止めて振り返る。そして運転手に頭をさげた。

 運転手は最初驚いた顔をしていたけれど、笑顔で「お気をつけて」と声をかけた。
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