エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 ふたりが出会った日も、清貴は追いかけ来る数名の女子学生から逃げてこの図書館に来た時だった。

(と、届かない……)

 身長が153センチと小柄な菜摘が手を伸ばしたところで、目当ての本には到底届きそうになかった。あきらめて脚立を持ってこようとかかとを床につけたとき。

「これでいいの?」

「えっ?」

 背後からやって来た男性が一番上の棚から菜摘が欲しかった本を取った。

「どうぞ」

「はい、あの、ありがとうございます」

(私が必死になっても取れなかったのに、ずいぶんあっさりと……)

 そこで彼の顔を初めて見た菜摘は、あまりにも整っている彼の容姿に目を奪われたのではなく……。

「あ、これ! この本、私も読みたくて、貸し出し中ってなってて――」

 菜摘はその男性が差し出された手と反対の手で持っている本を指さした。

「あ、ごめんなさい。大きな声出して」

 慌てて口もとを押えて、周囲に迷惑がかかっていないかキョロキョロ見回す。幸い人があまりいなかったようでほっとした。

「あ、もしかくまってくれたらこれ、君に貸すよ」

「え? かくまうって?」

 一体何を言っているのだと、きょとんとした菜摘の元に図書館ではあまり聞かないヒールの音が数名分聞こえてきた。

 棚の間から顔を覗かせると、数人の女子学生がキョロキョロしながらこちらに向かって歩いてきている。菜摘は直観的に彼が彼女たちから逃げているのだとわかった。

「こっちに」

 薄暗い通路の奥、突き当りのところに脚立を動かしてその影に彼を隠した。そして通路からできるだけ視界に入らないように、その前に立ち本を探しているふりをする。

 複数の靴の音が近づいてくる。菜摘自身が追われているわけではないのに緊張する。しかし何気ない風を装って興味のない本を探し、手に取り中身を確認する。

 女子学生のひとりが、菜摘の方へちらっと視線を向けた。見ないようにしていたが靴音がゆっくりになったことで、近くにいることがわかる。

 心拍数がどんどんあがっていき、緊張がピークに達したとき「いた?」「ううん」という会話が聞こえてきて、そこにいた女子学生が去った。

 途端に体の力が抜ける。

「はぁ……よかった」

 ほっとした菜摘は、大きく息を吐くと手を棚にかけて頭を下げた。徐々に何度か呼吸をすると気持ちが落ち着いてくる。

「ありがとう、助かったよ」
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