エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚～今宵、私はあなたのものになる～
第六章　君じゃなきゃダメなんだ
第六章　君じゃなきゃダメなんだ


　――ガチャン

　公衆電話の受話器を急いでおいた。背後に流れるのは電車のアナウンス。思い切り駅名が連呼されているが向こうに聞こえただろうか。

　肩を落として電話から離れ階段を下りていく。携帯電話が普及して以降、公衆電話をあまりみかけなくなってしまった。菜摘のように携帯電話を所持していない人の方が少ないのだから仕方ないのかもしれない。

　結局あちこち探しまわったけれど、あったのは駅の構内だった。

　未練がましいことはわかっている。自分から飛び出しておいて残った彼がどれだけ困るか理解していたのに彼の前から姿を消した。

　それなのに一年前の今日。問題は色々あったけれど、彼の苗字になった。それは菜摘の人生においてはずっと願っていたことだ。その特別な日にどうしても彼の声を聴きたくなってしまった。

　あんな形で別れたのに、図々しい。

　これで清貴を傷つけるのは二度目だ。だからこそ彼も神様さえも許してくれない。そのうえさっき清貴からまだ離婚届を出していないと聞いて、うれしかった自分はどれだけ醜い心を持っているのか。

　菜摘は肩を落としたままとぼとぼとひとり歩いた。

　今彼女がいるのは広島県広島市。

　縁もゆかりもなさそうなこの場所になぜ彼女がいるのかと言えば、定年後に地元の広島に移り住んだ大学時代の恩師・吉峰（よしみね）に世話になっているからだ。

　家を飛び出したあの日、行く当てもなくこれからどうしようかと思っていた矢先、恩師から広島に引っ越しをしたという連絡をもらった。卒業後もまた付き合いのある教え子に一斉に送信したものだったが、菜摘はそれに引き寄せられるように新幹線に飛び乗っていた。

　最初は恩師の世話になるつもりなどなかった。しかし広島到着後せっかくだから恩師の顔を見たいと思ってしまった。

　それは恩師もまた清貴と過ごした大切な時間に少なからず登場する人物だからだ。
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