結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
出会い
篝 香津美(旧姓 来瀬)が篝 和海と初めて出会ったのは今から三年前の夏。毎日うだるような暑さが続き、日々最高気温が更新され、熱中症注意報が発令されている。そんな八月の土曜日。
朝早く携帯が鳴り、発信元を見ると「来瀬 花純(くるせ かすみ)」という表示があり、かなり驚いた。
というもの、ひとつ年下のいとこである花純が、週末の朝の八時に電話をかけてくることなど殆ど無かったからだ。
夜遊びが好きでいつも日付が変わってから家に帰るような彼女が、こんなに朝早く電話を掛けてくるなど、不吉以外のなにものでもない。
放っておけば諦めるだろうかと思いながら、出ないと後でどんな嫌味を言われるかと考え、「応答する」をタップする。

「もしもし?」
『もう、遅い! 早く出てよ!』

滅多に香津美から掛けることはないが、それでもすぐに電話に出たことのない自分のことを棚に上げ、開口一番花純は文句を言った。

「手が濡れていたから」
『今日、時間ある?』

香津美は休みの日でも特別なことがない限り、七時には起きている。シーツを洗い布団を軽く干して、午後からは予約の順番待ちをしていた本を受け取りに図書館へ行くつもりだった。そしてその後、今度結婚が決まった高校からの友人、滝 可奈子と食事をすることになっている。

「ごめん、予定が」
『HKホテルのロビーに十一時に行って』
「え?」
『だから、HKホテルのロビー』
「聞こえてるわ。どうして私が?」

一方的に指示してくるのは毎回のことだが、今回のは唐突すぎた。

「私にも予定が・・」
『お見合いなのよ』
「お見合い?」
『そう、パパが勝手に決めてきて、行かないとカードを止めるっていうの』
「雅英叔父さんが?」

一人娘を溺愛して娘の言うことなら何でも言うことを聞くあの叔父が、そんなことを言うとは驚きだ。

『バンドマンの(あきら)と付き合っているのがばれちゃって。おれの決めた男と見合いして結婚しろって』

それでお見合い。花純が恋人にするのは、いつも顔だけが良いお金目のない男ばかり。これまでもさんざんそう言う男達に貢いできた。
お金持ちに媚びない分、それはそれで一途なんだろうけど、花純も飽きっぽくて相手はコロコロ変わる。
お金が大好きで権威主義の叔父なら、そのうち花純にお金持ちの男性を見繕ってくるだろうとは思っていた。

「会って断れば」
『それは駄目』
「どうして?」
『私から断ったらパパに何て言われるかわかんない。断るなら向こうから断ってもらわないと』
「なら直接そう言えば・・」
『だって私が見合いに行くって行ったら亮がものすごく焼き餅焼いて、行くなら別れるって言うの、そんなこと言われたらいけないじゃない』

嫉妬深い恋人。それも彼女の付き合う相手によくある傾向だ。
嫌な予感にさっさと断って電話を切れともう一人の自分が告げている。

「なら電話で」
『連絡先なんて知らないもの、パパに聞いたら何でそんなことを聞くんだって言われそうだもの。だから香津美が私の振りしてお見合いして、向こうから断るように仕向けてよ』
「ど、どうして私が・・」

代わりに断るだけでも気が乗らないのに、気に入られるよう努力するのはわかるけど、花純の振りをして断られるようにするなんて。

『じゃあよろしくね』
「あ、ま、待って」

プツリと電話が切れた。その後は何度かけ直しても花純には繋がらなかった。

「もう、いつも勝手なんだから」
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