結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
HKホテルはそこそこ高級なホテルで、そこのロビーも重厚で落ち着いた雰囲気があった。

「十時五十分。ギリギリだったな」

図書館で予約していた本を受け取るだけで済ませようと思ったが、つい新着コーナーをチェックして次はどれにしようかと、眺めている内に時間が経ってしまった。
慌ててホテルに着いたが、相手もまだ来ていなさそうだったので、化粧室に行って身なりを整え戻ってきた。
紅茶を頼み、一応携帯はマナーモードにした。
運ばれてきた紅茶はティーポットに入っているようなもので、茶葉を受けるトレイと一緒に運ばれてくる本格的なもので、香りも良く気に入った。

「来瀬様でいらっしゃいますか?」

紅茶を飲もうとした所に、ホテルのスタッフであろう年配の男性が声を掛けてきた。

「はい」
「申し訳ございません。お連れ様が少し遅れるとご連絡がありました」
「あ、そうですか。わかりました。ありがとうございます」

お互いの連絡先も知らないので、ホテルへ連絡をしてきたのだった。香津美はにっこり笑って男性にお礼を言った。
胸の名札は副支配人とあった。ここのホテルは副支配人ほどの偉い人もわざわざ伝言を伝えに来るのだと、変に感心した。
相手が遅れるのならと、我慢できずに借りてきたばかりのハードカバーの本を読んだ。
本を読むのは好きだが、今の部屋の広さも考えると買ってばかりもいられない。気になる本はまず図書館などで借りて、気に入れば買うことにしていた。電子で読むこともあるが、やはり手で触れて読む方が実感が湧く。

「すみません」

二杯目の紅茶を飲み、ようやく第一章を読み終えそうだと思った時、誰かが隣に立って声をかけてきた。

「はい?」

本を開いたまま見上げると、スーツを着た背の高い男性が立っていた。

「来瀬かすみさん?」
「あ、はい」
「お待たせして申し訳ございません。かがり かずみです」

そこで花純の代わりに見合いに来たことを思いだした。
慌てて本を閉じて立ち上がった。

「来瀬香津美です・・あ」
「かつみさん?」

かがりと名乗った男性が小首を傾げる。
つい自分の名前を言ってしまった。花純と香津美。口にすると真ん中の文字だけが違うだけなので、聞き逃すとどっちかわからなくなる。

香津美も背が高い方だが、相手の男性もモデル並みに背が高い。
高級そうな無地のグレーの三つ揃いのスーツに身を包み、眉より下の長さにカットした前髪をサイドに流し、後ろとサイドは短めに切りそろえている。すっとした切れ長の目元に通った鼻筋、元々髭は薄いのかすっきりした顎のラインにキリリとした唇はつやつやとしている。
相手の名前も素性もわからず来てしまったので、相手が本当に見合いの相手なのか断定はできないが、向こうが自分を見つけて声をかけてきたのだから、間違いは無いのだろう。

「遅れてすみません。まだ待っていてくれているとは思っていませんでした。本当にすみません」

そう言うので腕時計を見ると、時間はすでに正午を回っていた。本に夢中になって時間を忘れてしまっていたらしい。

「大丈夫ですよ。遅れるとご連絡をいただいていましたので。急ぎの予定もありませんから」

次の約束までまだ時間はある。香津美はにっこり笑って、そこで自分の失敗に気づいた。
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