結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「え、和海さん…どうして」
目の前に跪き指輪を差し出す和海を見て、香津美は明らかに動揺していた。
「わかっている。今が適切な状態ではないことも」
寝起きでボサボサの状態の香津美を見れば、最高の状況とは言い難い。
「それでもこれを見てしまったら、言わずにはいられなかった」
そう言って和海が妊娠検査薬と、産婦人科の領収書を見せた。
「あ、」
和海の帰りがもう少し遅いと思っていたから、リビングに置き忘れていた。
「その…」
「子供ができたのなら、この契約は延長でいいよね」
「それは…子供のため?」
子供のためにと無理矢理夫婦関係を続けても、夫婦がうまくいかなければ、かえって子供を傷つけてしまうのではないか。
「俺は、いずれは篝の家を継ぐ子供がほしいとは思っていた。そのために誰かと結婚するときがくることも覚悟していた。でも、誰でもいいわけじゃない。俺の子の母親も、俺の妻も香津美でなければ意味がない」
「和海さん…それって…」
「初めて会ったときからきっと俺は香津美に惚れていた。香津美だから、あんな契約を持ちかけた。俺の側にいるのは香津美でなければ、嫌なんだ」
そうして指輪の箱を前に突きだす。
「篝 香津美さん、俺の、妻になってください」
普通は結婚する前に言う言葉だったが、すでに香津美は和海と結婚している。何だか変な感じだった。
「はい」
指輪を受け取り、そう言って頷く香津美の目から涙が溢れた。
「私も…きっと初めて会ったときから和海さんに惹かれていました」
「本当に?」
問いかける和海に、再び頷く。
「そうでなければ、契約妻なんて引き受けません」
「子供が出来ていなくても、君は俺との関係を続けてくれるつもりだったってこと?」
「それは…あなたが本当は秘書の大原さんのことを好きなんじゃないかって思っていたので…」
「そんなわけない!」
「ええ、でも、この前あなたが酔って彼女と森田さんという方に連れてきてもらった時、彼女にきつく言われたの。『秘書は万全を期して仕事をサポートするのが勤めです。でもプライベートで満たされておられない』って」
「それは彼女の誤解だ。確かに仕事では彼女を頼りにしているが、あくまで仕事でだ。勝手に俺のプライベートが満たされていないと言われ、力になると言われたが、そういう意味で彼女を頼るつもりはないと、この前はっきり言った」
「そうなのですね」
「ああ、それに、あの大原弘毅が彼女のいとこで、俺たち夫婦がうまくいっていないだの色々言っていたらしい。俺たちを拗れさせるために。君のいとこも…」
「花純?」
「ああ、彼女とも連絡を取っていたらしい」
知らなかった事実が次々と出てきて、香津美は驚いた。
「彼女を利用して、俺たちの仲を引き裂こうとしたらしい」
お正月に会った時、和海が女性といたのを見たと言ったことだろうかと香津美は思い至った。
「彼女の目的はいずれ俺が取締役社長になった時に、俺の傍にいること。そのために君と俺を仲違いさせたかったらしい」
「まさか・・」
彼女がそんなことを考えていたなんて気づかなかった。
でも、言われてみれば彼女の態度や言葉の端端に自分に対する疎ましさが見え隠れしていた。
「少しは俺と彼女のことで、妬いてくれたりした?」
「そ、そんな・・でも、そうです。私より、彼女の方が和海さんの相手として相応しいのでは? 私ではあなたの力になれないと、そう思っていました」
違うと否定しようとしたが、自分の気持ちに蓋をしてきたから、無駄に苦しんだのだと気づく。
だったら正直に伝えるべきなのだ。
そう決心して素直に告げると、今度は和海が驚いていた。
そして、少し照れて苦笑いする。
「香津美が本当に、そう思ってくれていたのなら嬉しい。なら、彼女に少しは感謝しないといけないな。彼女の存在があって俺のことを意識してくれたのなら」
「ごめんなさい。素直になれなくて」
「いいや。俺の方こそ。香津美はずっと、体では応えてくれていたのに。言葉にしなくても、香津美は俺に抱かれながら他の男のことを考えるような人じゃ無い。俺を受け入れてくれていることが、香津美の答えだったのに、俺は気づかなかった」
「和海さん、愛しています。これからも、私と、生まれてくる子どもと一緒によろしくお願いします」
「それは俺の台詞だ。こんな俺だけど、よろしく」
台座から指輪を抜いて、和海が香津美の指にそれをはめる。
彼女の浮かべた幸せの涙とともに、差し込む朝日にそれはきらりと輝いた。
「契約には延長の項目はなかった。だからあの契約は期限とともに失効する。俺と新しい契約を結んでくれるか?」
「それは、ずっと夫婦でいるということ?」
「そうだ。そして今度の契約は紙じゃない」
「え?」
そう言って和海は彼女を引き寄せ、唇を重ねた。
自分の想いを刻むように。
「ん・・」
互いの気持ちを通い合わせて初めてのキス。これまでと同じものの筈なのに、まったく違う。
「香津美、俺の前に現われてくれてありがとう。あの日、ホテルに来てくれてありがとう。俺をずっと待っていてくれてありがとう。俺と結婚してくれてありがとう。俺の子どもの母親になってくれてありがとう。俺を、愛してくれてありがとう」
和海は何度もありがとうを繰り返し、彼女の髪に顔を埋める。
そんな彼の後頭部に手を当てて、そっと撫でる。
「私こそ、ありがとう。私を諦めないでいてくれてありがとう。私をあなたの奥さんにしてくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう」
二人の契約は契約満了期日を迎え、新しい契約は深い口づけ。
それは末永く続き契約。
目の前に跪き指輪を差し出す和海を見て、香津美は明らかに動揺していた。
「わかっている。今が適切な状態ではないことも」
寝起きでボサボサの状態の香津美を見れば、最高の状況とは言い難い。
「それでもこれを見てしまったら、言わずにはいられなかった」
そう言って和海が妊娠検査薬と、産婦人科の領収書を見せた。
「あ、」
和海の帰りがもう少し遅いと思っていたから、リビングに置き忘れていた。
「その…」
「子供ができたのなら、この契約は延長でいいよね」
「それは…子供のため?」
子供のためにと無理矢理夫婦関係を続けても、夫婦がうまくいかなければ、かえって子供を傷つけてしまうのではないか。
「俺は、いずれは篝の家を継ぐ子供がほしいとは思っていた。そのために誰かと結婚するときがくることも覚悟していた。でも、誰でもいいわけじゃない。俺の子の母親も、俺の妻も香津美でなければ意味がない」
「和海さん…それって…」
「初めて会ったときからきっと俺は香津美に惚れていた。香津美だから、あんな契約を持ちかけた。俺の側にいるのは香津美でなければ、嫌なんだ」
そうして指輪の箱を前に突きだす。
「篝 香津美さん、俺の、妻になってください」
普通は結婚する前に言う言葉だったが、すでに香津美は和海と結婚している。何だか変な感じだった。
「はい」
指輪を受け取り、そう言って頷く香津美の目から涙が溢れた。
「私も…きっと初めて会ったときから和海さんに惹かれていました」
「本当に?」
問いかける和海に、再び頷く。
「そうでなければ、契約妻なんて引き受けません」
「子供が出来ていなくても、君は俺との関係を続けてくれるつもりだったってこと?」
「それは…あなたが本当は秘書の大原さんのことを好きなんじゃないかって思っていたので…」
「そんなわけない!」
「ええ、でも、この前あなたが酔って彼女と森田さんという方に連れてきてもらった時、彼女にきつく言われたの。『秘書は万全を期して仕事をサポートするのが勤めです。でもプライベートで満たされておられない』って」
「それは彼女の誤解だ。確かに仕事では彼女を頼りにしているが、あくまで仕事でだ。勝手に俺のプライベートが満たされていないと言われ、力になると言われたが、そういう意味で彼女を頼るつもりはないと、この前はっきり言った」
「そうなのですね」
「ああ、それに、あの大原弘毅が彼女のいとこで、俺たち夫婦がうまくいっていないだの色々言っていたらしい。俺たちを拗れさせるために。君のいとこも…」
「花純?」
「ああ、彼女とも連絡を取っていたらしい」
知らなかった事実が次々と出てきて、香津美は驚いた。
「彼女を利用して、俺たちの仲を引き裂こうとしたらしい」
お正月に会った時、和海が女性といたのを見たと言ったことだろうかと香津美は思い至った。
「彼女の目的はいずれ俺が取締役社長になった時に、俺の傍にいること。そのために君と俺を仲違いさせたかったらしい」
「まさか・・」
彼女がそんなことを考えていたなんて気づかなかった。
でも、言われてみれば彼女の態度や言葉の端端に自分に対する疎ましさが見え隠れしていた。
「少しは俺と彼女のことで、妬いてくれたりした?」
「そ、そんな・・でも、そうです。私より、彼女の方が和海さんの相手として相応しいのでは? 私ではあなたの力になれないと、そう思っていました」
違うと否定しようとしたが、自分の気持ちに蓋をしてきたから、無駄に苦しんだのだと気づく。
だったら正直に伝えるべきなのだ。
そう決心して素直に告げると、今度は和海が驚いていた。
そして、少し照れて苦笑いする。
「香津美が本当に、そう思ってくれていたのなら嬉しい。なら、彼女に少しは感謝しないといけないな。彼女の存在があって俺のことを意識してくれたのなら」
「ごめんなさい。素直になれなくて」
「いいや。俺の方こそ。香津美はずっと、体では応えてくれていたのに。言葉にしなくても、香津美は俺に抱かれながら他の男のことを考えるような人じゃ無い。俺を受け入れてくれていることが、香津美の答えだったのに、俺は気づかなかった」
「和海さん、愛しています。これからも、私と、生まれてくる子どもと一緒によろしくお願いします」
「それは俺の台詞だ。こんな俺だけど、よろしく」
台座から指輪を抜いて、和海が香津美の指にそれをはめる。
彼女の浮かべた幸せの涙とともに、差し込む朝日にそれはきらりと輝いた。
「契約には延長の項目はなかった。だからあの契約は期限とともに失効する。俺と新しい契約を結んでくれるか?」
「それは、ずっと夫婦でいるということ?」
「そうだ。そして今度の契約は紙じゃない」
「え?」
そう言って和海は彼女を引き寄せ、唇を重ねた。
自分の想いを刻むように。
「ん・・」
互いの気持ちを通い合わせて初めてのキス。これまでと同じものの筈なのに、まったく違う。
「香津美、俺の前に現われてくれてありがとう。あの日、ホテルに来てくれてありがとう。俺をずっと待っていてくれてありがとう。俺と結婚してくれてありがとう。俺の子どもの母親になってくれてありがとう。俺を、愛してくれてありがとう」
和海は何度もありがとうを繰り返し、彼女の髪に顔を埋める。
そんな彼の後頭部に手を当てて、そっと撫でる。
「私こそ、ありがとう。私を諦めないでいてくれてありがとう。私をあなたの奥さんにしてくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう」
二人の契約は契約満了期日を迎え、新しい契約は深い口づけ。
それは末永く続き契約。