佐藤 VS 佐藤
「…なに、好きな奴いんの?」
少しだけ驚いたような顔をした後、アイツは尋ねる。
「やっぱりさっきの奴?」と付け足されて、ムッとした。
「違うってば。あの人、名前も知らないし。」
「ふーん。じゃあ、誰?」
「…そんなの、佐藤に言う必要ないじゃん。」
『佐藤』と、呼んだのは初めてだった。
――昔は『行成』と呼んでいたから。
でも、向こうはあたしのことを覚えてないし。
そう呼ぶことはできない。
高校に入ってからは、心の中でさえも『アイツ』と呼ぶのがほとんど。
話す機会がなかったから、面と向かって名前を呼ぶ必要なんてないし。
「…そうだな。俺も、どうでもいいけど。」
少し不機嫌そうなアイツの言葉は、なんだか胸に突き刺さった。
「……俺帰るわ。」
そのまま目を合わせることなく立ち上がり、鞄を掴んだアイツ。
教室のドアが乱暴に閉められて、誰もいなくなってから、あたしの頬には涙が伝った。
1ラウンドは、あたしの負け。