私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 押し切られて、彼を部屋の中に案内する。
 畳の上に敷く座布団もないので、直に正座してもらった。
 そんな彼にお茶を出しながら、申し訳ない気持ちになってくる。

 ごめんなさい。
 私の住んでいるのは、こういう世界なんです。
 あなたとは、違うんです……。

 自分が惨めで、彼の向かいに座りながら、ぐっと下唇を噛んだ。

「ねえ、紗佳」

 彼は私の淹れたお茶を笑顔ですすってから、こちらに笑みを向けた。

「僕と、一緒に住まない?」

「え?」

 彼の顔をマジマジと見た。瑞斗さんは笑顔を崩さない。

「この部屋、ドアモニターもないし鍵も1重だしチェーンも錆びてるでしょ? 1階だし、紗佳は女の子だから、もし泥棒とか入られたら、太刀打ちできないでしょ?」

 顔を伏せた。
 それは、彼が私の心配をしてくれた嬉しさからじゃない。
 私の世界を否定されてしまったような悔しさからだった。

 キラキラな世界に住む人にとっては、私はやっぱり底の世界に住んでいる。
 私は経済力もないし、美人でもない。
 ブランド物も持ってないし、キラキラしたメイク道具もない。

 ジーンズにヨレヨレのトレーナーの女は、やっぱり“王子”の恋人にはなれない。
 彼の恋人は、私じゃなくて、私に似た“アリサ”さんなんだ。

 それなのに、瑞斗さんは話を止めなかった。

「押し付けがましいのは分かってる。でも、好きな人には少しでも安全な場所に住んでもらいたいんだ。何かあったら、僕はものすごく後悔する」

「私は、別に……」

 言いかけて、瑞斗さんに遮られた。

「ごめん、僕のエゴだって分かってる。でも、心配なの。こんなに、可愛いんだから」

 瑞斗さんは目を細め、私の頬に手を伸ばす。その瞳は私をじっと見つめるけれど、そこに映っているのは、きっと“アリサ”さんだ。

 彼の指が頬に触れた。
 その冷たさに、胸がドキリと鳴る。

 私は、代わりになれる?
 キラキラした世界の、彼女の代わりに。

 私は、住める?
 瑞斗さんの、キラキラした世界に。

 もし、住めるのなら。
 もしそれで、この底辺の世界から抜け出せるなら。

 少しだけでいい。
 私も、キラキラした世界に、行ってみたい。

 彼はそっと、私の頬をなぞる。
 私はぐっと拳を握りしめて言った。

「じゃあ……お願いします」

 ペコリと頭を下げると、瑞斗さんは満足そうに私の頭をポンポンと撫でた。
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