私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
「そろそろ、寝よっか」

 どのくらいそうしていたのだろう。私は彼の肩に寄りかかったまま、うとうとと船を漕いでいたらしい。

「ご、ごめんなさい! 私……」

「いいのいいの。眠そうな紗佳、引き止めちゃったの僕だし」

 彼は爽やかな王子の笑みの中、少しだけ頬を染めていた。
 その顔に、私の胸が勝手に高鳴る。

 ああ、ダメだ、好きだ。

「それに、うとうとしてる紗佳、可愛かったし」

 心臓が飛び出しそうになった。

 その顔で『可愛い』は、底辺に生きていた私にはしんどすぎる。

 すっかり眠気は吹き飛んでしまったのに、瑞斗さんは私の横からさっと立ち上がる。
 少し寂しいな、なんて思っていると、彼は徐ろに私の前にひざまずいた。

「お手をどうぞ」

 それは、スウェット姿なのに、本物の王子様のよう。戸惑っていると、「寝ぼけて転んだら大変だからね」と付け足された。
 思わず笑ってしまうと、瑞斗さんはその手を無理矢理とって私を立たせる。そして、そのまま私を寝室までいざなった。

 ***

「えっと……布団は?」

 寝室に入るも、彼の車に乗せたはずの敷布団が見当たらない。

「紗佳は、ここ」

 彼はそう言うと、私をベッドの縁に座らせた。

「え? 瑞斗さんは?」

「僕も、ここ」

 え……?

 あかりのついていないその部屋の中で、彼の笑みは急に妖艶なものに見えた。
 その急な展開に、ドクドクと脈が上がる。

 けれど。

 瑞斗さんは、ぽすっとそこに横になると、自分の横を「おいで」と言うようにポンポン叩いた。

「寝よ、ね」

「えっと……」

「今日は疲れたでしょ? だから、ぎゅーってするだけ」

 瑞斗さんはそう言うと、横になった私の頭を、自身の胸の辺りに押し付けた。
 胸はドキドキと高鳴っていたのに、彼の胸の温かさに段々と思考が止まり始める。
 優しく後頭部を撫でられる感覚が気持ちよくて、私はそのまま眠りについた。
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