私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 その後、トイレ清掃をしていると、休憩時間なのか女子社員が二人やってくる。
 彼女たちは鏡の前でポーチからファンデーションやチークブラシを取り出し、化粧直しを始めた。

「王子、さっき掃除の子と話してたって」

「へえ、王子もすぎるよね……誰にでも王子なんだもん」

「本当……王子すぎる」

 ははっと笑いながら会話する彼女たちを、思わず振り返った。
 彼女たちは私に気付かずに、最後の仕上げにリップを直すと、そのままお手洗いから出て行ってしまった。

 王子は、誰にでも王子。
 私にも、王子だった。

 けれど、私は彼女たちとは違う。
 彼女たちはキラキラしている。
 それなのに、私は……。

 独りきりになったトイレの中で、鏡に映る自分を見た。
 22歳の私は、彼女たちより年下だろう。
 それなのに、キラキラしたオフィスカジュアルなど似合うはずがない。
 私には、この清掃服にエプロンに、三角巾にゴム手袋の方が似合うのだ。
 メイクは汗で落ちてしまった。

 けれど、それでいい。
 きっと、王子も彼女たちも、キラキラした世界の側の人間だ。
 さっきは少し間違って、交わってしまっただけ。

 先程の、王子の微笑みを思い出す。
 胸がドキリと高鳴るけれど、同時にため息が漏れた。

 私は、彼らと同じ世界には、住んじゃいけない。
 住めるわけがない。
 私は、役立たずの、汚い女だから。
 社会の底辺で生きる、彼らとは別世界の人間だから。
< 2 / 37 >

この作品をシェア

pagetop