私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る

6 穢れた私

「ごめんなさい……」

 ひとしきり泣いて、やっと落ち着いた頃。
 私がそう言うと、瑞斗さんはよしよしと擦っていた私の背中から手を離した。

「今日はもう、寝ようか?」

 震えながら、コクンと頷いた。
 彼はいつもと同じ王子様のように、私に手を差し伸べる。
 けれど、その手を取るのをためらってしまった。

 その手をとっていいのは、私じゃない。

「あの……ひとりに、させてもらえませんか?」

 まだ震える声でそう言うと、彼ははっと目を見開く。けれどすぐに、眉をハの字にして微笑んだ。

「うん、分かった」

 その声が、ものすごく優しく私の胸に響く。
 それで、また泣きたくなった。

「寝室、使って。僕は、ここにいるから」

 私はそう言う瑞斗さんにペコリと頭を下げて、のろのろと寝室へ向かった。

 ***

 いつも二人で寝ていたから、ベッドの上がとても広く感じた。
 暗い部屋の中、窓から入る星明かりを頼りに、天井を見つめる。

 彼が好きなのは、私じゃない。
 そんなこと、最初から分かっていたのに。

 底辺の世界に住んでいる私には、瑞斗さんみたいなキラキラの世界の住人には、手は届かない。

 そんなこと、分かり切っていたのに。

 好きになってしまった。
 欲張りになってしまった。

 こんな感情、私は持っちゃいけないのに。

 涙がまた溢れそうになって、パジャマの袖で拭いた。
 ゴロンと寝返りを打って、丸くなった。

 それなのに、ベッドから香るのは、瑞斗さんの甘い香り。
 目を閉じれば思い浮かぶ、瑞斗さんの甘い笑顔。

 ああ、ダメだ。
 どうしてこんなに、好きになっちゃったんだろう。

 あの笑顔も、優しさも、私が受け取っていいものじゃない。
 あの笑顔も、優しさも、私に向けられたものじゃない。

 それなのに。

 結局私は、虚しいかな彼の香りに包まれて、布団の中でひた泣いた。
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