私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 浴室で瑞斗さんは、スウェット姿のまましゃがみ込み、水を張ったたらいに腕まくりした手を突っ込んでいた。

 その先にある白い布は、おそらくシーツ。
 その足元には、私のパジャマのズボンも置かれていた。

「おはよ」

 私を見上げた瑞斗さんは、爽やかな笑顔をこちらに向ける。けれど。

「触らないで、汚いから!」

 彼の横に置かれたズボンを奪い取った。
 これは、瑞斗さんが触って良いものじゃない。
 汚いから。
 穢れちゃうから。

 だから……。

「いいのいいの。ひとりにしてって、こういうことだったんだね」

 瑞斗さんはそう言いながら、笑顔のまま手を止めない。

「違う! 私がやるから、どいて下さい! それは、私の、汚い……」

「汚くないよ」

「嫌! 汚いの! 瑞斗さんには、触られたくない!」

 思いっきり瑞斗さんの腕を引っ張った。
 バランスを崩した瑞斗さんは、そのまま床に尻もちをつく。

「ご、ごめんなさい……」

 それなのに、瑞斗さんはあははと笑って「いいって」と言い、またたらいに手を伸ばす。

「触らないでよ!」

 どうしても瑞斗さんにそれに触れてほしくなくて、今度は彼の肩を思いっきりはねのけた。
 すると、反対側の肩をバスタブにぶつけた彼は、今度はさっと立ち上がった。

 そして、私の前に立つ。
 その顔に、王子はいない。
 初めて見た怒りの顔は、私を冷たく見下ろす。

 怖い。
 どうしよう、私……。

 きっと、“アリサ”さんはこんなことしない。
 こんなことをしてしまったのは、私だからだ。

 瑞斗さんの表情が、あの日の父と重なる。

「お前はあの女から産まれた汚い女だ」

 私を罵ったあの日の言葉が蘇り、ぎゅっと目をつぶった。

 私はきっともう、“アリサ”さんじゃ、いられない。
 どうしても、私が出てきてしまう。

「ごめんなさい……」

 小声でそう言ったとき。
 私は、彼に怒鳴られていた。

「汚くなんてない!」
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