私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 やがて落ち着いてきた私は、瑞斗さんとともにソファに移動した。
 瑞斗さんは隣で、私の髪を撫でている。

 その手の温かさが気持ちよくて、けれど、また不安が生まれてくる。

 私を好きって言ってくれた。
 でも、こんな私は……瑞斗さんの隣にいてもいいの?
 瑞斗さんとは違う世界に住む、私が。

「瑞斗さん、」

 そう言うと、彼は私の頭に手を乗せたまま「ん?」と首をかしげる。

「あたしは、中卒だし、瑞斗さんみたいな努力もできないし、キラキラした人たちとは違う、底辺で生きてきた人間なんです。そんなあたしが、……隣に立ってもいいんですか?」

 ぐっと拳を握った。
 けれど。

「僕からしたら、紗佳の方がキラキラしてるけど」

「え?」

 顔を上げると、瑞斗さんはじいっと優しい瞳でこちらを見つめていた。
 恥ずかしくなってふいっと顔をそらす。

「ヨレヨレのトレーナー着てても、ですか?」

「うん」

「恥ずかしくないんですか? こんな私が隣を歩いてたりして……」

「むしろ、僕は自慢したいけどね。でも、……僕と紗佳が付き合ってるって社内で噂になったら、紗佳が変な目で見られるでしょ? あることないこと言われるでしょ? それは、僕が嫌なの」

 それにさ、と、瑞斗さんが続けた。

「どんな紗佳だって、僕が好きな紗佳だから」

 彼の唇が、私の頬に触れる。

「本当は、もっと触れたい。せっかくの、日曜日だから。でも、今日は……」

 彼の手が、私のお腹に触れた。
 思わずそれに自分の手を重ねた。
 それはじわんと温かくて、痛みを和らげてくれる。

「ゆっくりしようね」

 その声に顔を上げれば、彼の唇と私の唇が重なった。
 はっと目を見開けば、いたずらに成功した少年のような笑みを浮かべる瑞斗さん。

 その時、ピー、ピーと、洗濯機の音がする。

「でも、まずはシーツ、干さなきゃね」

 そう言って立ち上がった瑞斗さんは、鼻歌を歌いながらバスルームへ向かう。

 私はその姿を目で追いかけた。
 幸せに満たされて、ふわふわした気持ちになる。
 けれどすぐに、はっとして慌てて立ち上がった。

「私も、やります!」
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