私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る

2 別世界の男と女

 ***

 勢いに押されて、来てしまった。
 ネオンの艶めく街だと思っていたけれど、意外にもおしゃれな建物が立ち並ぶそこは、恋人たち(おそらく)が肩を寄せ合って歩いている。
 私ももちろん例外なく、瑞斗さんに手を引かれ、その一角に足を踏み入れた。

「ここで、いい?」

 爽やか笑顔を向けられた。
 ホテルの入り口の明かりに照らされた笑顔が、妙に艶っぽく見える。

 何も言えずにコクンと頷くと、瑞斗さんは満足そうに笑って私の手を引いた。

 もう夜なのにまだパリッとしたままの高級そうなスーツの男と、ジーンズによれよれなトレーナーの女。
 どこからどう見てもチグハグな二人だ。

 こんな私と手を繋いで、瑞斗さんは恥ずかしくないのだろうか?
 そんなことを考えていると、あっという間にそのホテルの部屋についてしまった。

 瑞斗さんに手を引かれ、ドアの中に入る。
 すると途端に、彼にぎゅっと抱きしめられた。
 甘い香りは、彼の香水だろうか。
 男性との初めての距離に、ドクドクと、心臓が高鳴る。

「ドキドキ、してる」

「だって……」

 恥ずかしくて俯いた。
 初めてです、だなんて、言えない。

 するとふっと彼が笑う声がして、彼は私の背中に回していた手を解いた。
 そのまま、彼の右手は私の頬をなぞり、顎をクイっと持ち上げられた。

 爽やかな笑みが、間近に迫っていた。
 いつもよりも妖艶に感じるのは、ホテルの部屋の間接照明のせいだろうか。

「可愛い」

 瑞斗さんはそう言うと、私の唇をチュッと奪った。
 唐突な出来事に目を白黒させていると、瑞斗さんはクスっと笑った。

「シャワー、浴びておいで」

 ***

 初めてのバスローブに身を包み、どうしていいか分からずにベッドサイドに腰掛けた。
 バスルームからは、瑞斗さんの浴びるシャワーの音が聞こえる。

 この部屋にベッドはひとつ。
 他には、小さなテーブルとソファがあるだけだ。
 ドクドクと心臓が高鳴る。
 ゴクリと唾を飲み込めば、喉がきゅうと締め付けられるようで苦しくなった。

 お付き合いした人は、いない。
 恋はしたことがあったかもしれない。
 けれど、そういうものはいつも飲み込んで生きてきた。

 私はそうやってしか、生きてこられなかったんだ。
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