ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
1 はじめて出会う旦那様
「ここでお待ちください」
不機嫌な顔をしたメイドに案内され、初めて入ったこの城の『謁見の間』は、暗くて狭い所だった。
窓は一つもなく、壁や床は木の板を打ち付けたような質素な部屋だ。
(これが……お城の謁見の間?)
その中央には、取り繕ったように赤く細いカーペットが敷いてある。
部屋の一番奥には、この場所には不自然なぐらい豪華な肘掛け付きの椅子が一脚置かれていた。
メイドから、誰も座っていない椅子の前に跪き、俯いて待つように言われる。
(知らなかった。王族の前では、どこの国でも跪くのね……覚えておかないと……)
しばらく待っていると、コツコツと靴音を立て、誰かが部屋へ入ってきた。
その人は、ドカッと椅子に座り、途端に大きなため息を吐いた。
跪く私の目には、その椅子に腰掛けている男の大きな黒い靴と、床をバシバシと不機嫌そうに叩く漆黒の毛の長い尻尾が見えた。
「顔を上げろ」
「……はい」
命令された私は、恐る恐る顔を上げる。
肘掛けにもたれ掛かるように座り、頬杖をつくその男は、漆黒の長い前髪の間から、鋭い眼差しを私に向けていた。
「……か……子供? この俺に子供を寄越して来たのか!」
目を見開き、怒りを露わにする男。その口元からは、白く鋭い牙が見え隠れしている。
ここは獣人国『マフガルド』。
そして目の前にいるこの黒い髪色の男は、この国の王子様。
『シリル・ドフラクス・マフガルド第三王子』様。
人と変わらない姿だが(かなり美形な容姿だ)獣の耳と尻尾がある。
私の夫となる方だ。
「わ、私は、子供ではございません。歳は十七になります。お、お初にお目にかかります。エリザベート…… ・ル・リフテスで、ございます」
「……ふん」
怖かったせいもあるが、かなりぎこちなく答えてしまった。
ここに来るまで、あんなにたくさん練習したのに。
けれど、王子様は全く気にしていない様子だ。
「俺はシリル・ドフラクス・マフガルドだ」
シリル様は、黄金色の目を顰めて私を見下ろした。
ずっと床を叩いている尻尾の音が(かなり)うるさく感じる。
「降伏の証だか知らんが、人の姫よ。王命だから仕方なくお前と結婚をするが、これは形だけだ。俺はお前に触れる事はない。人となどと……」
「そっ、そんなっ……困りますっ!」
思わず声を上げてしまった。
「はっ?」
シリル様は驚いた顔で私を見ると、バシンッと一度床を尻尾で叩いた。それからスッと真顔になり、それ以上は何も言う事なくその場から立ち去ってしまった。
これは……。
事前に聞いて分かってはいたが、これ程迄歓迎されていないとは……。
◇
獣人国『マフガルド』と隣り合う、人の国『リフテス』は長きに渡り争いを続けてきた。
しかし先月、リフテス王国はマフガルド王国へ突然の降伏宣言をしたのだ。
そして、降伏のその証として、第七王女をマフガルド王国へ嫁がせた。
『リフテス王国第七王女、エリザベート・ル・リフテス』……私だ。
しかしながら、当初マフガルド王国は嫁などいらないと断っていたらしい。
けれど、リフテス王国はこの国へ王女を送ると引かなかった。あまりにしつこく言ってくる為、怪しく思いながらも、マフガルド王国は王女を受け入れる事にしたという。
この国に着いてすぐに、私が一人で乗る馬車に突然、真っ赤な衣裳を身に纏ったマフガルド王が現れ、ガハハと笑いながら言った言葉だから間違いはないだろう。
「私はマフガルド王だ。リフテス王国第七王女よ、長旅ご苦労だったな」
馬車の中、突然現れた王様に驚いて言葉が出ない私をよそに、マフガルド王は気にせず話を続けた。
「リフテス王は何か企んでいるのだろう? 嫁など要らないと何度も断ったのに、寄越して来たのだ。アイツは碌でもない奴だからな。アイツは嫌いだ。
だが、私は別に『人』が嫌いな訳ではない。第七王女よ、この国に嫁に来たからには、大切にしてやるぞ。そもそも獣人は優しいからな。しかし、私には妃がいる。残念ながら、私の嫁にはしてやれないが。ガハハッ!」
マフガルド王は私を見て目を細め、金の混じる黒い毛の尻尾をグルグルと回し振っている。
とりあえず、よくわからないけど王様には歓迎されているような気がする。
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を述べると、それまで笑顔だった王様は、スッと真剣な表情を浮かべた。
「だがな、王女よ。私の息子達は人を嫌っている。いや、ほとんどのマフガルドの国民は、長きに渡る争いのせいで、人が嫌いだ。……だから、今回そなたを誰の嫁にするか、かなり揉めたのだ」
「そうでしたか……」
元敵国の王女だ。正妃になれなくても、側室にでもなれれば良い方だろう。
「側室……にすると思っていたか?」
ニヤリと笑う王様の口元には、立派な牙が見えていた。
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んでしまう。
獣人は皆、魔力を持っている。
もしかして、私の心を読むことが出来るのだろうか……⁈
そんな事を考えていると、王様の耳がピクリと動き、何故かフフと笑われた。
「私達は、側室は持たぬ。だから王子達には話合いをさせたのだが……どうも決まらなかった。だからクジを引かせた」
「クジですか?」
「そう、ハズレを引いた者が、其方の夫に選ばれたのだ」
「ハズレ……ですか」
……確かに、王子様からすれば嫌いな人の姫と結婚させられるのだからハズレに違いない……。
「私には八人の息子達がいる。その中から其方の夫に決まったのは『第三王子シリル・ドフラクス・マフガルド』だ。口下手な男だが、仲良くしてやってくれ」
王様はそこまで話すと急に耳をそば立てた。
何かの気配でも感じられたのか、スッと私の耳元に口を寄せ、クジの話をした事は秘密だ、と言って目の前からパッと消えた。
◇
シリル王子様が部屋から出て行き、一人謁見の間にいると、嫌悪な顔を露わにしたメイドが扉を開けて入って来た。
その大柄で茶色く丸い形の耳を持つメイドはチラリと私を見て、ため息を吐いた。
いかにも仕事だから仕方ないと言った感じで「どうぞこちらへ、人の姫様」と言うと、これから私が暮らす部屋へと案内する。
「ここが、あなた様の部屋になります。右奥にある扉は浴室でございます。……エリザベート様、あなたは人臭い。まずは入浴なさって下さい」
メイドは顔を顰めながらそう言うと、部屋から出て行き、外側からガチャリと音を立て、扉の鍵を掛けた。
臭いと言われてしまった。人生初の言葉だ。
……人臭い……?
クンクンと自分を匂ってみるが、よく分からない。
そういえば、昨日は立ち寄った宿屋で、さっと体を洗っただけだ。
……ドレスは馬車の中で急いで着替えたから……臭かった?
獣人は鼻が効くと聞いている。
私、臭かったんだ……。
マフガルドの王様があんなに笑っていたのは、もしかして、臭かったから?
「臭い姫でごめんなさい」
小さな声でそう言うと、私は急いで浴室へ向かった。
部屋の右奥にある扉を開けると、広い脱衣所があった。そこには、ふかふかのタオルと、着替えのドレスのような服が用意してあった。
その奥の扉の先には、温められた洗い場とお湯の張ってあるバスタブがある。
私はリフテス人だ。マフガルドの人達からは嫌われているはずだけれど、ここまで準備されているのを見ると、まるで歓迎されているのではないかと思ってしまう。
「そんな訳ないわよね」
この部屋に来るまで、すれ違った人達は誰も目を合わせてくれなかった。
……臭かったから……。
その事を改めて思い出し、パパッと着ていたドレスを脱ぎ、私は急いでお風呂に入ることにした。
ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ
ザバッ、ザバッ
浴室に置いてあった香りの良いこの国の石鹸で、母親譲りの金の髪は三回洗ってみた。
体は五回洗ったが、どうだろう? まだ臭うだろうか?
クンクンと自分の体を匂ってみるけれど、石鹸の良い匂いしかしない。
自分では、やっぱり分からない。
これ以上洗っても同じだろうと、臭いのことは諦めて、チャプンとお湯に浸かった。
「ふぁーっ……どうしよう……」
私にはこの国で、どうしてもやらなければならない事がある。
私は、何が何でもシリル王子の子供を生まなければならないのだ。
けれど、先程、王子から『お前は触らない』宣言をされてしまった。
そりゃ嫌だよね、ただでさえ嫌いな人の、その上クジでハズレの姫なんだもの。
でも、困ったなぁ……。
触らなくても子供って作れる?
いや、無理よね。
……さすがにそれくらい私でも知っているわ……。
不機嫌な顔をしたメイドに案内され、初めて入ったこの城の『謁見の間』は、暗くて狭い所だった。
窓は一つもなく、壁や床は木の板を打ち付けたような質素な部屋だ。
(これが……お城の謁見の間?)
その中央には、取り繕ったように赤く細いカーペットが敷いてある。
部屋の一番奥には、この場所には不自然なぐらい豪華な肘掛け付きの椅子が一脚置かれていた。
メイドから、誰も座っていない椅子の前に跪き、俯いて待つように言われる。
(知らなかった。王族の前では、どこの国でも跪くのね……覚えておかないと……)
しばらく待っていると、コツコツと靴音を立て、誰かが部屋へ入ってきた。
その人は、ドカッと椅子に座り、途端に大きなため息を吐いた。
跪く私の目には、その椅子に腰掛けている男の大きな黒い靴と、床をバシバシと不機嫌そうに叩く漆黒の毛の長い尻尾が見えた。
「顔を上げろ」
「……はい」
命令された私は、恐る恐る顔を上げる。
肘掛けにもたれ掛かるように座り、頬杖をつくその男は、漆黒の長い前髪の間から、鋭い眼差しを私に向けていた。
「……か……子供? この俺に子供を寄越して来たのか!」
目を見開き、怒りを露わにする男。その口元からは、白く鋭い牙が見え隠れしている。
ここは獣人国『マフガルド』。
そして目の前にいるこの黒い髪色の男は、この国の王子様。
『シリル・ドフラクス・マフガルド第三王子』様。
人と変わらない姿だが(かなり美形な容姿だ)獣の耳と尻尾がある。
私の夫となる方だ。
「わ、私は、子供ではございません。歳は十七になります。お、お初にお目にかかります。エリザベート…… ・ル・リフテスで、ございます」
「……ふん」
怖かったせいもあるが、かなりぎこちなく答えてしまった。
ここに来るまで、あんなにたくさん練習したのに。
けれど、王子様は全く気にしていない様子だ。
「俺はシリル・ドフラクス・マフガルドだ」
シリル様は、黄金色の目を顰めて私を見下ろした。
ずっと床を叩いている尻尾の音が(かなり)うるさく感じる。
「降伏の証だか知らんが、人の姫よ。王命だから仕方なくお前と結婚をするが、これは形だけだ。俺はお前に触れる事はない。人となどと……」
「そっ、そんなっ……困りますっ!」
思わず声を上げてしまった。
「はっ?」
シリル様は驚いた顔で私を見ると、バシンッと一度床を尻尾で叩いた。それからスッと真顔になり、それ以上は何も言う事なくその場から立ち去ってしまった。
これは……。
事前に聞いて分かってはいたが、これ程迄歓迎されていないとは……。
◇
獣人国『マフガルド』と隣り合う、人の国『リフテス』は長きに渡り争いを続けてきた。
しかし先月、リフテス王国はマフガルド王国へ突然の降伏宣言をしたのだ。
そして、降伏のその証として、第七王女をマフガルド王国へ嫁がせた。
『リフテス王国第七王女、エリザベート・ル・リフテス』……私だ。
しかしながら、当初マフガルド王国は嫁などいらないと断っていたらしい。
けれど、リフテス王国はこの国へ王女を送ると引かなかった。あまりにしつこく言ってくる為、怪しく思いながらも、マフガルド王国は王女を受け入れる事にしたという。
この国に着いてすぐに、私が一人で乗る馬車に突然、真っ赤な衣裳を身に纏ったマフガルド王が現れ、ガハハと笑いながら言った言葉だから間違いはないだろう。
「私はマフガルド王だ。リフテス王国第七王女よ、長旅ご苦労だったな」
馬車の中、突然現れた王様に驚いて言葉が出ない私をよそに、マフガルド王は気にせず話を続けた。
「リフテス王は何か企んでいるのだろう? 嫁など要らないと何度も断ったのに、寄越して来たのだ。アイツは碌でもない奴だからな。アイツは嫌いだ。
だが、私は別に『人』が嫌いな訳ではない。第七王女よ、この国に嫁に来たからには、大切にしてやるぞ。そもそも獣人は優しいからな。しかし、私には妃がいる。残念ながら、私の嫁にはしてやれないが。ガハハッ!」
マフガルド王は私を見て目を細め、金の混じる黒い毛の尻尾をグルグルと回し振っている。
とりあえず、よくわからないけど王様には歓迎されているような気がする。
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を述べると、それまで笑顔だった王様は、スッと真剣な表情を浮かべた。
「だがな、王女よ。私の息子達は人を嫌っている。いや、ほとんどのマフガルドの国民は、長きに渡る争いのせいで、人が嫌いだ。……だから、今回そなたを誰の嫁にするか、かなり揉めたのだ」
「そうでしたか……」
元敵国の王女だ。正妃になれなくても、側室にでもなれれば良い方だろう。
「側室……にすると思っていたか?」
ニヤリと笑う王様の口元には、立派な牙が見えていた。
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んでしまう。
獣人は皆、魔力を持っている。
もしかして、私の心を読むことが出来るのだろうか……⁈
そんな事を考えていると、王様の耳がピクリと動き、何故かフフと笑われた。
「私達は、側室は持たぬ。だから王子達には話合いをさせたのだが……どうも決まらなかった。だからクジを引かせた」
「クジですか?」
「そう、ハズレを引いた者が、其方の夫に選ばれたのだ」
「ハズレ……ですか」
……確かに、王子様からすれば嫌いな人の姫と結婚させられるのだからハズレに違いない……。
「私には八人の息子達がいる。その中から其方の夫に決まったのは『第三王子シリル・ドフラクス・マフガルド』だ。口下手な男だが、仲良くしてやってくれ」
王様はそこまで話すと急に耳をそば立てた。
何かの気配でも感じられたのか、スッと私の耳元に口を寄せ、クジの話をした事は秘密だ、と言って目の前からパッと消えた。
◇
シリル王子様が部屋から出て行き、一人謁見の間にいると、嫌悪な顔を露わにしたメイドが扉を開けて入って来た。
その大柄で茶色く丸い形の耳を持つメイドはチラリと私を見て、ため息を吐いた。
いかにも仕事だから仕方ないと言った感じで「どうぞこちらへ、人の姫様」と言うと、これから私が暮らす部屋へと案内する。
「ここが、あなた様の部屋になります。右奥にある扉は浴室でございます。……エリザベート様、あなたは人臭い。まずは入浴なさって下さい」
メイドは顔を顰めながらそう言うと、部屋から出て行き、外側からガチャリと音を立て、扉の鍵を掛けた。
臭いと言われてしまった。人生初の言葉だ。
……人臭い……?
クンクンと自分を匂ってみるが、よく分からない。
そういえば、昨日は立ち寄った宿屋で、さっと体を洗っただけだ。
……ドレスは馬車の中で急いで着替えたから……臭かった?
獣人は鼻が効くと聞いている。
私、臭かったんだ……。
マフガルドの王様があんなに笑っていたのは、もしかして、臭かったから?
「臭い姫でごめんなさい」
小さな声でそう言うと、私は急いで浴室へ向かった。
部屋の右奥にある扉を開けると、広い脱衣所があった。そこには、ふかふかのタオルと、着替えのドレスのような服が用意してあった。
その奥の扉の先には、温められた洗い場とお湯の張ってあるバスタブがある。
私はリフテス人だ。マフガルドの人達からは嫌われているはずだけれど、ここまで準備されているのを見ると、まるで歓迎されているのではないかと思ってしまう。
「そんな訳ないわよね」
この部屋に来るまで、すれ違った人達は誰も目を合わせてくれなかった。
……臭かったから……。
その事を改めて思い出し、パパッと着ていたドレスを脱ぎ、私は急いでお風呂に入ることにした。
ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ
ザバッ、ザバッ
浴室に置いてあった香りの良いこの国の石鹸で、母親譲りの金の髪は三回洗ってみた。
体は五回洗ったが、どうだろう? まだ臭うだろうか?
クンクンと自分の体を匂ってみるけれど、石鹸の良い匂いしかしない。
自分では、やっぱり分からない。
これ以上洗っても同じだろうと、臭いのことは諦めて、チャプンとお湯に浸かった。
「ふぁーっ……どうしよう……」
私にはこの国で、どうしてもやらなければならない事がある。
私は、何が何でもシリル王子の子供を生まなければならないのだ。
けれど、先程、王子から『お前は触らない』宣言をされてしまった。
そりゃ嫌だよね、ただでさえ嫌いな人の、その上クジでハズレの姫なんだもの。
でも、困ったなぁ……。
触らなくても子供って作れる?
いや、無理よね。
……さすがにそれくらい私でも知っているわ……。
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