ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

行こう

「なんだ、バレてたか」

 柱の陰から現れたデュオ様は、私を見て笑顔を見せると、純白の尾をフワフワと忙しなく揺らす。

「第五王子、お前でいい。いいえ、シリル王子よりお前の方が、見た目が良い子が生まれそうだわ。今までの話を聞いていたんでしょう? だったら、分かるわね。今すぐこの子と交わってくれないかしら? エリザベートのこと、気に入ってるんでしょう?」

 女の話を聞いたデュオ様の尻尾は垂れ下がり、先の方だけが不機嫌に揺れた。
 優しかった青い目が、威嚇するように鋭くなり女を見据える。

「…………あのさ」
「何よ、追いかけて来るほどこの娘を気に入っているんでしょう? お前でいいと言っているんだから、さっさとやりなさい。獣人なんて所詮は獣、誰とでもできるでしょう」

「お前、獣人をバカにし過ぎだ」

 歯痒そうに話すデュオ様の口元から牙が見える。

「デュオ様……」

 デュオ様は私に目を移し、監視の女に掴まれたままの腕を確認すると、急に表情を変え柔らかく微笑み手を差し出した。

「……分かった。僕が今からエリザベートに子供を授けるよ。知らないだろうけど、魔法を使えばすぐに子供は出来るんだ。だから彼女をこちらへ渡して」
「……何だか怪しいわね」

 デュオ様の笑顔を怪しみ、私から一向に手を離そうとしない女。
 仕方ないとため息を吐いたデュオ様は、少しずつこちらへ歩み寄ってくる。

「部屋に行こうとしただけだよ。まさか……厩舎で馬に見られながら子供を作れ、なんて言わないよね?」
「……その通りよ、ここでやって、私が見届ける。じゃないと信用出来ないわ」

「本気?……人って変わった嗜好があるんだね」

 女は、すぐ側まで来たデュオ様へ私を差し出すと、藁の積み上げてある場所を指差し、口角を上げて「そこでやって」と言う。

 頷いたデュオ様は「ごめんね」と小声で言うと、私の肩をグッと掴み、突然投げ飛ばした。

「わっ!」

 デュオ様の女性的な見た目からは、想像がつかないほどの凄い力で投げ飛ばされた私だったが、すぐにポフっと柔らかく抱き止められた。


「大丈夫か?」

 低く優しい声が上から降ってくる。

「……シリル様」

 見上げたシリル様は、真っ赤な顔をしていた。

「ぐっ」

 私を見たシリル様は、なぜかすぐに顔を逸らす。

(黙って出て行こうとしたから怒ってるんですね……)

「いや、違う」
「えっ?」

 何も声に出していないのに、シリル様はまるで私の思った事が聞こえたかのように、タイミングよく返事をする。
(やっぱり、私の心が分かるの?)

 ギュッとシリル様の服を握り、心の声が聞こえるのではないかと尋ねる様に見上げた。
 彼はそんな私をチラリと見て、頭を抱える。

「そのっ、あー……なぜモリーはこの服を選んだんだ……」
「えっ? 服?」
(服を選んだのは私だけど……?)

 もう一度シリル様は私を見ると、目を細めた。

「…………(可愛すぎる!)」

 無言でギュッと抱きしめられてしまった。
(えっ! ええっ!)

 シリル様の尻尾が、さっきのデュオ様より激しく揺れている。


 私達がそうしている間に、監視の女の腕を掴んでいたデュオ様が、知らない言葉を唱えた。
 監視の女の体に、白い煙が巻き付いていく。

「ぎゃあっ!」

 叫び声を上げた監視の女は、痺れたようにブルブルと震えている。

「お前も王族は魔力が強いって知っていたんだろう?……でも、誰がどんな魔法を使えるかまでは知らないか」

 デュオ様が話しているが、女は何も答える事なくその場に崩れ落ちた。

「僕の魔法は対象に触れないと使えないから、あまり役に立たないよね」

 女を掴んでいた手を汚れでも落とすように振りながら、苦笑いを浮かべるデュオ様。

「そんな事はない、助かった。デュオ、ありがとう」

 シリル様は私を抱きしめたまま、デュオ様にお礼を述べる。
 そんなシリル様をみて、ちょっと呆れた様な顔をしたデュオ様は、説明させてくれる? と私に言った。

 説明? 首を傾げていると、シリル様が「……ううっ」となんだか悶えている。

 どうしたんだろう? さっきからシリル様が変だ。
 私を抱きとめた時、どこか打ったのかしら?


 デュオ様は、様子のおかしなシリル様の事は気にせずに話始めた。

「僕達は昨夜のディナーの時に、このメイドの様子がおかしいと気づいたんだ、けれどその理由が分からなくて……それで、聞いたんだ。君が人質を取られてここに来たんだって事を」

「知っていたんですか……」
(誰から聞いたんだろう……昨夜……シリル様も知っていたの?)

「君はリフテス王から、子供を作れと言われて来ているんだろう?」
「はい」
「それは誰でもいいの?」
「はい……王族なら、でも……私は」

「うん、分かってる。さっき聞いたしね」
 デュオ様は優しく笑った。


「ただ、第七王女の君がどうして人質を取られているのか、詳しい事は知らない。でもさ、僕達は君の事が気に入ってるから、大切な人を助けに行きたいのなら行かせてあげようって、今朝早くに皆で話をしたんだ。
きっと君は本当の事を話せない訳があったんだろう? だからモリーにも協力してもらって隙を作った。もしかしたらその時に、リフテスへ行こうとするんじゃないかってね」

 何もかもバレていた。
 私の行動すら読まれているなんて……。


「それで、最初は君だけを行かせるつもりだったんだけど、後ろから昨日のメイドがつけて行っていたから、作戦変更したんだ」

「作戦?」
「多分この先も、こうやって君を見張っている奴等があちこちにいるだろうって話になってね」

 そうか、此処だけじゃないかも知れないんだ。

「城の中にいたリフテスの者達は既に捕らえているんだ。この女と彼等はこの国で見張っておくから、君はシリル兄さんと、リフテス王国へ大切な人を助けに行っておいでよ」

「え? シリル様と⁈」
「嫌か?」

 驚いてシリル様を見た私は、首を横に振った。

「嫌な事なんてありません。でも、いいんですか? リフテスですよ?」

(嬉しい……シリル様が来てくれるなら……でも)

「君を一人では行かせられない」

 シリル様はまるで好きな人に言うみたいに、私の耳元に甘く囁いた。

「……あの」
(いいの? もしかして結婚相手だから仕方なくじゃ……)

「お、俺は……君を」

 シリル様が真剣な顔をして何か言い掛けたその時、バンッ!と扉がけたたましく開いた。
 その音に馬達が驚いていな鳴き、バタバタと足踏みをする。

「私も行くわ!」
「僕も行くよっ!」

 厩舎の入り口には、ピンクの派手な旅装束を着たラビー様と、これまたカラフルな旅装束に身を包んだメイナード様が立っている。

 二人の登場に、心底嫌そうな顔をしたシリル様が「ラビー、メイナード……お前たちは来なくていい」と言うと、ラビー様はツンと顎を上げた。

「ダメよ、だってルシファも行くんでしょ?」

(えっ、ルシファ様も?)

「ああ、ルシファが行かないと変化出来ないから……まさか、だから行くのか⁈ 」

「もちろんよ、ルシファが行く所には私は何処へだって付いて行くの!」

 ラビー様は腰に手を当てポーズを決める。

「僕は面白そうだから行く。それにリフテスの女の子を見てみたい‼︎」

 人差し指を立て、天を貫く様なポーズを決めたメイナード様は、厩舎の中で無駄にキラキラしている。

「遊びじゃないんだ」

 シリル様が二人に鋭い目を向ける。

「「分かってる」」

 シリル様のそんな目など慣れたものなのだろう、遊びに行くかの様に明るく返事をする二人を見て、シリル様は深いため息を吐いた。
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