ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

すべてを伝えて

 馬車の準備が終わった。

 シリル様、ルシファ様、ラビー様、メイナード様も、元敵国リフテスは、彼等にとって決して安全でも楽しい所でもないのに、私と一緒に行ってくれるという。
 デュオ様もモリーさんもたくさんの人が、私の事を思って行動してくれた。

 そんな優しい人達に、このまま何も言わずにいる訳にはいかない。
 私はすべてを話す事に決めた。それを聞いた彼等が、やっぱり行かないと言っても、それでいい。


「出発の前に、少しだけ話を聞いて下さい」

 緊張した面持ちで彼等の前に立った。一番背の低い私は必然的に彼等を見上げて話す事になる。すると、ラビー様が私に目線を合わせてくれた。

「いいわよ、好きなだけ話して!」

 ラビー様は楽しそうに言って、パチリとウインクをする。
 おかげで少し気持ちが楽になった。

「皆さんは、もうほとんど知っていると思いますが、私の事です」

「うん、私は名前と、服のサイズ以外知らないわ」
「僕も可愛いこと以外知らないから聞きたいよ」

 そう言って、ラビー様とメイナード様は微笑んでいる。

「私は、リフテス王国の第七王女です。母は側室でした。側室ではありましたが、平民だった母は他の側室の方々とは違い、城で暮らすことはなく、古い屋敷を与えられそこで暮らしていました。十六歳の誕生日に母から聞くまで、父親の存在も自分が王女だという事も知りませんでした。ですから、これまで王女としての教育やマナーを受けたことはありません……」

「なるほどね」

 ルシファ様が呟く。
 モリーさんも「それで……」と頷いていた。

「これから助けに向かおうとしている『メリーナ』は、私が生まれた時からずっと一緒に暮らしているメイドです。メイドといっても、母と私にとってはとても大切な家族です。
先々月、母が病で亡くなりました。そのひと月後に、リフテス王が私の下へ来て、マフガルド王族の子供を生み連れ帰る様にと命令を下しました」

「それはどうして?」
 ラビー様が首を傾げる。

「リフテス王は、王族に魔力を持たせようと考えているんです」
「じゃあ、エリザベート様の子供が王位に就くの?」
 それは違います、と私は首を横に振った。

「私が生んだ子供では、王族とは認められないと監視の人から言われました。リフテス王が欲しいのは、少しでもリフテス王族の血が受け継がれた『魔力を持つ子供』です」
「まさか……その子にリフテス王が子供を作るの⁈」
「……えっ?」
「だって、女の子だったらそういう事じゃないの? エリザベート様の子供なら孫でしょう? まさか孫に手を出すの⁈」

 それは考えもしなかった……。

「私の子供とリフテス王の子供を一緒にして、生まれた子供が王位を継承すると、監視の人に聞きました」
「……なんだかよく分からないけど、気持ち悪い計画ね」
 ラビー様はベーっと舌を出し、モリーさんは呆気に取られている。

「私が逃げたりしないように、メリーナは人質に取られて……悪い様にはしないと言っていたのに、監視の人から、今、城の地下牢にいると聞いたんです。シリル様の子供を連れて帰れば、牢から出すと監視の人に言われましたが、それは多分嘘だと思って、だから一日も早くメリーナを助けに行こうと……。皆さんに何も言わず、勝手に部屋を抜け出しました」


 何やら思案していたラビー様が、赤い目を煌めかせ私を見つめる。

「シリルの子供なのね」

 なぜかニヤッと笑うラビー様。

 ……どういう事? 抜け出したことはいいの?

「はい、シリル様の子供です」

「ふ~ん」

 …………?

 メイナード様とルシファ様は、ファサファサと尻尾を振って俯いているシリル様を見て、微笑んでいる。

「お母様を亡くされた上、家族を人質に取られるなんて、可哀想なエリザベート様!」

 話を聞き終えたモリーさんが、泣き出してしまった。

「あっ、あのっ、それで私は」

「ん?」と、モリーさんは泣き止み、皆も一斉に私に注目する。

「名前も違うんです。『エリザベート』という名前は、ここに来る前に、リフテス王から付けられた名前です。母に付けてもらった本当の名前は『リラ』です。いっぱい隠していてごめんなさい!」

 深々と頭を下げた。
 私が出来る謝罪はこれが精一杯だ。

 こんなに隠し事だらけの、にわか王女の私を皆は許してくれるのかな……。
 そう思ったら怖くなって、頭を上げられなくなった。

 ……ううっ、どうしよう……。




「リラ」

 スッとシリル様が私の前に屈む。

 体の大きなシリル様が、すごく頭を下げて私を見上げ、フッと柔らかく笑う。

「リラ、かわいい名前だ。エリザベートよりずっと君に合ってる」

 シリル様の黄金の目が細められ、低く掠れた優しい声で『リラ』と本当の名前を呼ばれた。

「シリル様」
「俺も……君に話したいことが」

「リラ様ーっ‼︎」

 ドンッ!

 シリル様が何か話そうとした時、モリーさんが彼を押し退け、私にギュッと抱きついた。

「私も付いて行きますーっ!」
「モリーさん」

 隠し事ばかりだった私のことを、誰も責めたりしない。それどころか、モリーさんは自分も行くと言ってくれた。

 なんて優しい人達なんだろう。
 まだ、会って間もない私の事を思ってくれて、会った事もないメリーナを助けに行ってくれる。

 嬉しくて、目に涙が滲んだ。

「こんな私でも、皆さん一緒に行ってくれますか?」
 モリーさんの腕の中から涙声でそう尋ねる。

「行くわよ! リラ様は何も悪いことした訳じゃないわ。それに理由がどうであれ、貴女がこの国に来てくれた事は、シリルにとって良かったと思うわ、ね、シリル」
「ああ……そう思う」

 ラビー様に聞かれて、答えたシリル様はすぐに俯いてしまった。





 一緒に行くと言い出したモリーさんを
「連れては行けない、ラビーとメイナードは何かあっても大丈夫だし、リラだけなら俺達が必ず守る。だからここで帰りを待ってくれ」
「シリル兄さんには僕が付いてるから大丈夫だよ」
そう言って、シリル様とルシファ様が説得し終えたのは、夕刻前の事だった。

「一日も早く、リラ様の家族を助けてあげないとね!」

 ラビー様は、サッと幌馬車に乗り込む。
 ルシファ様も乗り、シリル様と私が乗るとメイナード様が「じゃあ行くよ?」と声を掛け、二頭の馬が引く馬車は、ゆっくりと進み出した。

 モリーさんが、大きく手を振っている。
 いつの間にか来ていたマフガルド王様が、横に並んで、同じく手を振っていた。

「お気をつけて! リラ様、必ずメリーナ様を連れ、この国に帰って来て下さい。シリル様、帰ったらすぐに結婚式が出来るよう準備しておきますからね。それ迄は我慢なさいませーっ!」
「なっ、我慢って……」

 モリーさんの言葉を聞いたシリル様は、また私から顔を逸らした。
 なぜだかシリル様に避けられている気がして、しょんぼりする私の耳に「あれは照れているだけなのよ」とラビー様が囁いた。

 本当に?


 馬車の中、ラビー様の隣に座っている私は、前に座るシリル様のフワフワと揺れる漆黒の尻尾を見つめていた。
 結局『話したい事が』と言った、さっきの言葉の続きも、聞くことが出来ないままだ。




 メイナード様が歌いながら手綱を引く馬車は、軽やかにリフテス王国へ向い進んで行った。
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