ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

王女

 リフテス王国とマフガルド王国との、長く続いた争いのキッカケが、どうだったかなんて私は知らない。
 ただ分かっているのは、現リフテス王が、獣人のみが持っている魔力を手に入れたがっている、という事だ。

 獣人には種族によって、耳、尻尾、牙、角、羽根などを持っている。
 そして全ての獣人が、力の差はあるが魔力を持っていた。

 一方、人には魔力はないが、頭が良く、手先が器用で……他には思いつかない。

 長年、人と獣人は決して交わらなかった。
 互いの人種が結婚し、子を成す事は禁忌とされていた。

 その理由は……。

(私が知らないだけなのかも? マフガルド王様は知っているかしら?)

 しかし、その禁忌を犯した者がいた。リフテス人の女性が獣人の男性と結ばれ子をもっていた。生まれた子供は二人、その一人は獣人の姿、もう一人は人の姿だったが、そのどちらも魔力を持っていた。

 それを知ったリフテス王は、獣人と人が交われば魔力を持つ事が出来ると理解した。王族に魔力を持たせるという願いを叶えるべく、王女をマフガルド王国へと嫁がせる事にしたのだ。

 その為に出された『降伏宣言』だった。



 私は王都の外れにある古い屋敷に、母さんとメイドのメリーナと三人で住んでいた。

 裕福ではない我が家に、何故メイドが居るのかは謎だが、長年住み込みで一緒に暮らしている彼女は、母さんや私にとって家族も同然だった。

 綺麗で話上手な母さんと料理上手なメリーナそして私、三人での暮らしはとても楽しく、月日は瞬く間に過ぎていった。

 あれは昨年、私が十六歳の誕生日の事。

 満面の笑みを浮かべた母さんが、私に言った。

「リラ、十六歳のお誕生日おめでとう! あなたもいよいよ成人となりました。私によく似て美人に育ちましたね。私は嬉しい!」

 両手を広げて待っている母さんに、幼い子供みたいにギュッと抱きついた。

「ありがとう、母さん」

 母さんは美しく、朗らかな人だった。

 その日のテーブルには、メリーナお手製の木の実のパウンドケーキが、いつもより少し高価な食器に盛られ置かれていた。

「おめでとうございます、リラ様。本日は誕生日ですからね、クリームとジャムも添えましょう」

「本当? ありがとう、メリーナ」

 メリーナはニコニコと笑いながら、たっぷりのクリームと、ジャムをケーキに添えてくれた。

「とりあえず食べましょう!」

 不自然なくらい明るく話す母さんに、ちょっと違和感を感じながらも、久しぶりのケーキを美味しく食べた。

 紅茶を飲み干した母さんが、いつになく真剣な顔をして私を見つめている。

「どうかしたの?」

 首を傾げて尋ねると、母さんは深妙な顔をしてコクリと頷いた。

「あのね、リラに話をしておかなければいけない事があるのよ」

「はい……」

 なんだろう、いい話ではない気がする。

「リラ、貴女はこの国の第七王女です」

「……えっ、王女?」

 目を開き驚く私に、母さんは大きく頷いた。
 メリーナも頷き「そうです」と言う。

 母さんはゆっくりと話し始める。

「私は田舎町の平凡な家の娘でした。その町に王様が視察に訪れたの。その時に見初められちゃってね、ほら、私美人だから。それで、ここに連れて来られたのよ。そして貴女を授かった。その頃は幸せだったのよ、でもね……あの人子供が出来た途端、私の事はほったらかし。貴女の事も、生まれた時に一度見に来ただけ、酷い王様なのよ」

 母さんは今にも泣きそうな顔でそう言った。

「王様が……父親?」

 突然知った事に、私は驚くばかりだ。

 幼かった頃、母さんと庭で遊んでいる時に『なぜ私には父さんがいないの』と尋ねた事がある。
 近くの家の子供には『お父さん』がいたから、何気なく聞いてみたのだ。

 母さんは私の頭を撫でて、それから少し悲しそうな顔をして、空を見上げた。

『近くて遠くにいるのよ』

 とても寂しそうな声だった。

 だから私は『ああ、父さんは天国にいるのだ』と思い、それ以来父さんの事は聞かない様にしていたのだ。

 ……違ったんだ……いや、私が勝手に思い込んでいたんだけど。

「そう、まぁギリギリ暮らしていけるだけのお金と、この家を与えてくれているから、そこだけは感謝するけどね……」

 母さんの顔は笑っていたけれど、なんだか寂しそうだった。

「それでね、リラ。私は後半年ほどでこの世からいなくなるらしいのよ」

「えっ……ええっ?」

 はははっと母さんが笑って話すから、冗談なのかと思ってた。

 ……思いたかった。


 けれど、それから一年後、私が十七歳になってニ日目に、母さんは帰らぬ人となった。

「予定より長生き出来たわね」

 半年が過ぎた頃、そう言ってほがらかに笑っていた母さんは、最後まで綺麗だった。

 葬儀の参列者は私とメリーナ、それから近所の人が数人来ただけで、王様は来なかった。



 母さんが亡くなり、ひと月が過ぎた頃。
 館に突然、王様が家来を連れてやって来た。

 王様と一緒に来た騎士が剣を突きつけ、私とメリーナに床に跪く様に命令する。

 私は王様の娘ではなかったのだろうか……?

 剣を突きつけられるなんて……。
 これではまるで罪人のようだ……。
 それとも、これが普通なのだろうか?

 初めての事に私が唖然としていると、王様が冷然と話始めた。 
 
「第七王女よ、今からお前の名は『エリザベート』だ。獣人国に嫁ぎ、子を生んで帰ってこい。ああ、獣の子は要らんぞ。人の姿をした子だ、三年のうちに子を連れて帰って来るのだ。……逃げようとは考えるな、見張りは付けておくからな」

 王様は淡々と私に告げた。

 マフガルド王族の子供を生み、リフテス王国へ帰って来いと。
 それも三年の内に……。

 逃げようとすればメリーナの命はない。
 そう低い声で告げられた。

「どうして! 今まで放って置いて、母さんの葬儀にも来なかったくせに、何故そんな勝手な事言うのよ!」

 声を荒げる私に、王様は冷徹な目を向けた。

「放って置いた? お前達が今までここで生きて来られたのは誰のお陰だ? 住む所も、生きていけるだけの金も与えたであろう。お前は王女として言われた通り従え、それがお前の役目だ」

 確かに……王様の言う通りかも知れない、でも。

「で、でもメリーナは関係ないわ! 彼女は解放して!」

「はぁ……先程から、お前は誰に対してものを言っておるのか分かっておらぬな。…….礼儀だけでも学ばせるべきだったか。メイドを解放することは出来ぬ。この者がいなければ、お前が帰って来ないかもしれんからな」

「わ、私がいない間、メリーナはどうなるの⁈ 」

「城で働いてもらうことになるだろう。心配は要らん。お前が戻るまで、その者の事は悪い様には扱わないと約束しよう」

「そんな……」

「この私の役に立てることを有り難く思う事だ」

 リフテス王はそう言い捨てると、屋敷を出た。
 後に続いて、騎士達がメリーナを連れて行く。

「メリーナ!」

 引き止めようと手を伸ばし叫ぶと、騎士に押さえられた。

「リラ様、私は大丈夫です」

 メリーナは振り返り、いつもと変わらない柔和な笑顔を見せるとその言葉を最後にして行ってしまった。

 どうしようもなかった。

 力のない私には、メリーナを連れて逃げる事も出来ない。

 今の私は……何も出来ない。
 母さん……。
 
 それからすぐに、私は馬車に乗せられマフガルド王国へと向かうことになった。




 三年だ、三年以内に……。

 絶対に、私はシリル王子の子供を生まなくては……。

 そして子供とこの国に帰って来る。


 だってそれ以外に、私がメリーナを救う手立てはないのだから。
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