ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
宿屋にて
夜も更けた頃、町外れの宿屋に泊まる事になった。
立ち寄った宿屋は少し古く、床や階段がギシギシと音を立てる。
「私とリラ様がこの部屋ね、三人は一つ隣の部屋で。じゃあ、おやすみルシファ」
ラビー様と私は、二階の一番奥にある部屋へと向かう。
「おやすみなさい、シリル様、メイナード様、ルシファ様」
「はーい、おやすみ、リラ様」
メイナード様はヒラヒラと両手を振り、ルシファ様も片手を振り「おやすみなさい」と言うと部屋へと入る。
「えっ……リラ……そうか、そうだよな」
宿屋に着く頃、ようやく私の顔を見てくれる様になったシリル様は、なにやら戸惑うように手を握っては開いている。
「おやすみ……」
小さな声でそう言うと、部屋へ入って行った。
◇
ラビー様と泊まる部屋は、窓際に木製のベッドが二つ並んで置いてあった。両サイドにある棚の上には、先端に丸い球の付いたスタンドがある。
ラビー様が先端の球をくるりと回すと、たちまち明かりが灯った。
「すごい……」
「えっ、これかなり古い道具よ? リフテスでも使っていると聞いているけど……まさか初めて見たの?」
「はい、家はずっとロウソクでした」
「それ……かなり貧しい暮らしだと思うわよ。本当に側室だったの? リフテス王ってケチ?」
「……ケチかどうかは分かりませんが、生活はギリギリでした」
えーっ! とラビー様は驚いていた。
獣人は魔法が使える。けれど、その魔力は人それぞれで、生活魔法が上手く使えない者もいる。その為に、魔法無しでも使える道具は必要で、一般的に使われているのだと教えてくれた。
「実はシリルも苦手なの、魔力が強すぎて何でもよく壊しちゃうのよ。その度にモリーに怒られていたわ」
「モリーさんに?」
「そうよ、ずっとシリルに専属で付いているモリーだけが、何でもズバッと言えるの」
……ラビー様も言っている気がするけど……?
違うのかな?
「それじゃあリラ様」
「ラビー様、どうかリラと呼び捨てて下さい。私はちゃんとした王女ではないので、様なんて言われると、おかしな感じがします」
「あら、じゃあ私のこともラビーって呼んでくれる? 私は王女ではないもの」
ラビー様はそう言ったが、彼女は元王族の公爵令嬢だ。それに、歳上の人を呼び捨てる訳にはいかないと思った。
「それはちょっと難しいです」
「そう?」
「はい、ラビー様は歳上ですし」
「そうね、私の方が三つも歳上だものね。確かにちょっと呼び難いわね。……じゃあ、姉さんはどう?」
「いいんですか? 私は家族ではないのに、姉さんなんて気軽に呼んでも……」
ラビー様は、ニッコリと笑った。
「だって、リラはシリルと結婚するんでしょ? 私はいずれルシファと結婚する予定だし、だったら家族も同然だわ」
ラビー様はパチリとウインクをする。
『シリル様と結婚したら家族も同然』そう言われて嬉しかった。
「……はい、ではラビー姉様と呼ばせて下さい」
「姉様、うん! いいわ! それで決定。じゃあ、お風呂に入りましょう。その後、たくさんお話しするわよ! 今夜は寝かせないんだから」
そう言っていたラビー姉様だったが、入浴を済ませベッドに横になると、私を抱きしめる様にして、すぐにスヤスヤと眠ってしまった。
きっと長い時間、馬車に乗って疲れたんだと思う。
横で寝るラビー姉様は、とっても暖かくて私もすぐに眠くなった。
……私、一人でリフテス王国へ向かっていたら野宿だった。
屋根のある所で眠れるなんて……。
みんな、一緒に来てくれてありがとう……。
◇
その頃、男ばかりの部屋では……。
「まじ……?」
「なんだ、その驚き方は」
「いや、あり得ないよ……」
メイナードは驚きと尊敬の入り混じった顔で、シリルを見ている。
ルシファも感心していた。
さっき聞いた衝撃の(メイナードにとっては)話。
リラ様と一緒に寝ていたのに、ベッドの中では手すら触れていなかったなんて……なんてっ‼︎
僕には出来ない。
ベッドで横に寝る、それは全てを貴方に捧げますって意味だろう⁈
何をされても構わないって事だ。
それに相手はあの、リラ様。
たまらなく良い匂いを放つ可愛い女性、それにシリルにとっては結婚相手、何してもOKなはず。
それなのに……。
「僕は今から、シリルを『兄様』と呼ぶよ」
シリルを見るメイナードの瞳は、キラキラと輝いている。
「何だそれ」
冷たく返すシリルに対して、メイナードは両手を広げてやや大袈裟に話をした。
「女性と、それもリラ様と同じベッドに寝て、何もしないなんて、あり得ないよ! 僕なら耐えられない! その強靭な精神に僕は敬意を表するよ」
少しシリルはムッとした。メイナードの言い方はどうも褒めている様子ではない。
(強靭ってなんだ……そこまで云われるほどではない)
ルシファまでも、感心した様にシリルを見つめ、話をする。
「僕も、シリル兄さんは偉いと思うよ。まだ何もしていなかったなんて……あんなに甘い雰囲気だったから、キスぐらいはしてると思ってた」
「何? 甘い雰囲気って、何があったんだよ?」
耳をピクピク動かして、メイナードはルシファに詰め寄る。
「ディナーの時ね、シリル兄さんリラ様に食べさせたんだよ、それも全部」
「それって求愛給餌⁈ シリル……意味分かってやったの?」
「はっ? 意味なんて、あの時は彼女が困っていたから……意味があるのか?」
ディナーの時、シリルはリラの背に尻尾を当てていた。声を聞こうとしたのではなかった。不安そうに小さく震えていた彼女を、少しでも安心させたくてそうしてしまった。結果、困っている声を聞いてしまったのだ。
「リラ様、困ってたんだ……彼女の方は、意味は知らない可能性が高いね。そもそも獣人じゃないし、それに知ってたら……いや、もしかして、モリーに聞いて知ってたのかな?」
ルシファは腕を組んで考えている。
メイナードは、自分より年上なのに恋愛絡みの事は何も知らないシリルに呆れていたが、今後の為にも教えてやる事にした。
「相手に食べさせる行為は、君に一生食べさせるから自分の事好きになってー、結婚しよーって事だろ。心から好きな相手には、無意識のうちにするらしいけどね。相手が食べるって事は、向こうも同じ気持ちだって事だよ……よかったね、シリル兄様。ちなみに全部食べさせると、少し意味が変わって、君の全部を食べたいっていう、深い意味になるからね」
「……はっ?」
知らずに行っていた行為の真意を聞き、目を丸くして固まっているシリルを見て、メイナードはニヤニヤと笑う。
「ちなみに僕はまだ、求愛給餌だけは誰にもした事がない。ふふふ、シリルに先越されちゃったなぁ……お風呂、先に入るね」と言うと、浴室へと向かった。
「僕は明日の朝食を頼んでくるよ」
ルシファは、しばらくシリルを一人にしてやろうと思い、部屋を出た。
一人部屋に残されたシリルは、顔を真っ赤にして頭を抱えていた。
「お、俺は……まだ告げてもいないのに……そんな」
俺は『好きだ』と、言葉でまだ伝えていない。
その前に行動で表してしまうとは……それも、無意識にやってしまっている。
リラは、俺の行動の意味を知っていたのだろうか?
知っていて、それでも尚食べてくれていたのなら……。
いや、朝食の時はさすがに知らなかったはずだ。
……でも、ディナーの時にはモリーから聞いていたかも知れない……。
別の意味。
そういえば、あの夜……彼女は俺の事を『待っていた』と言った。
そっと髪に触れてきて……尻尾に触れたいと……。
ああっ! まさかっ⁈
もうそろそろいいかな? と思い、ルシファが部屋へと戻ると、部屋の片隅で尻尾を左右に激しく揺らしながら、シリルは何やら悶えている。
声をかけようか迷ったが、いつもムッとした顔のシリルが、コロコロと顔色を変える姿を珍しいと思い、しばらく見ていることにした。
リラ様と会ってから、シリル兄さんはずいぶん表情豊かになったと思う。
今もまた、リラ様の事でも考えているんだろう。
ラビーに挨拶程度のキスをされ、それを本気だと思うほど純真なシリル兄さんも、やっと本当の恋を知ったようだ。そう思うと自然と顔が綻んだ。
立ち寄った宿屋は少し古く、床や階段がギシギシと音を立てる。
「私とリラ様がこの部屋ね、三人は一つ隣の部屋で。じゃあ、おやすみルシファ」
ラビー様と私は、二階の一番奥にある部屋へと向かう。
「おやすみなさい、シリル様、メイナード様、ルシファ様」
「はーい、おやすみ、リラ様」
メイナード様はヒラヒラと両手を振り、ルシファ様も片手を振り「おやすみなさい」と言うと部屋へと入る。
「えっ……リラ……そうか、そうだよな」
宿屋に着く頃、ようやく私の顔を見てくれる様になったシリル様は、なにやら戸惑うように手を握っては開いている。
「おやすみ……」
小さな声でそう言うと、部屋へ入って行った。
◇
ラビー様と泊まる部屋は、窓際に木製のベッドが二つ並んで置いてあった。両サイドにある棚の上には、先端に丸い球の付いたスタンドがある。
ラビー様が先端の球をくるりと回すと、たちまち明かりが灯った。
「すごい……」
「えっ、これかなり古い道具よ? リフテスでも使っていると聞いているけど……まさか初めて見たの?」
「はい、家はずっとロウソクでした」
「それ……かなり貧しい暮らしだと思うわよ。本当に側室だったの? リフテス王ってケチ?」
「……ケチかどうかは分かりませんが、生活はギリギリでした」
えーっ! とラビー様は驚いていた。
獣人は魔法が使える。けれど、その魔力は人それぞれで、生活魔法が上手く使えない者もいる。その為に、魔法無しでも使える道具は必要で、一般的に使われているのだと教えてくれた。
「実はシリルも苦手なの、魔力が強すぎて何でもよく壊しちゃうのよ。その度にモリーに怒られていたわ」
「モリーさんに?」
「そうよ、ずっとシリルに専属で付いているモリーだけが、何でもズバッと言えるの」
……ラビー様も言っている気がするけど……?
違うのかな?
「それじゃあリラ様」
「ラビー様、どうかリラと呼び捨てて下さい。私はちゃんとした王女ではないので、様なんて言われると、おかしな感じがします」
「あら、じゃあ私のこともラビーって呼んでくれる? 私は王女ではないもの」
ラビー様はそう言ったが、彼女は元王族の公爵令嬢だ。それに、歳上の人を呼び捨てる訳にはいかないと思った。
「それはちょっと難しいです」
「そう?」
「はい、ラビー様は歳上ですし」
「そうね、私の方が三つも歳上だものね。確かにちょっと呼び難いわね。……じゃあ、姉さんはどう?」
「いいんですか? 私は家族ではないのに、姉さんなんて気軽に呼んでも……」
ラビー様は、ニッコリと笑った。
「だって、リラはシリルと結婚するんでしょ? 私はいずれルシファと結婚する予定だし、だったら家族も同然だわ」
ラビー様はパチリとウインクをする。
『シリル様と結婚したら家族も同然』そう言われて嬉しかった。
「……はい、ではラビー姉様と呼ばせて下さい」
「姉様、うん! いいわ! それで決定。じゃあ、お風呂に入りましょう。その後、たくさんお話しするわよ! 今夜は寝かせないんだから」
そう言っていたラビー姉様だったが、入浴を済ませベッドに横になると、私を抱きしめる様にして、すぐにスヤスヤと眠ってしまった。
きっと長い時間、馬車に乗って疲れたんだと思う。
横で寝るラビー姉様は、とっても暖かくて私もすぐに眠くなった。
……私、一人でリフテス王国へ向かっていたら野宿だった。
屋根のある所で眠れるなんて……。
みんな、一緒に来てくれてありがとう……。
◇
その頃、男ばかりの部屋では……。
「まじ……?」
「なんだ、その驚き方は」
「いや、あり得ないよ……」
メイナードは驚きと尊敬の入り混じった顔で、シリルを見ている。
ルシファも感心していた。
さっき聞いた衝撃の(メイナードにとっては)話。
リラ様と一緒に寝ていたのに、ベッドの中では手すら触れていなかったなんて……なんてっ‼︎
僕には出来ない。
ベッドで横に寝る、それは全てを貴方に捧げますって意味だろう⁈
何をされても構わないって事だ。
それに相手はあの、リラ様。
たまらなく良い匂いを放つ可愛い女性、それにシリルにとっては結婚相手、何してもOKなはず。
それなのに……。
「僕は今から、シリルを『兄様』と呼ぶよ」
シリルを見るメイナードの瞳は、キラキラと輝いている。
「何だそれ」
冷たく返すシリルに対して、メイナードは両手を広げてやや大袈裟に話をした。
「女性と、それもリラ様と同じベッドに寝て、何もしないなんて、あり得ないよ! 僕なら耐えられない! その強靭な精神に僕は敬意を表するよ」
少しシリルはムッとした。メイナードの言い方はどうも褒めている様子ではない。
(強靭ってなんだ……そこまで云われるほどではない)
ルシファまでも、感心した様にシリルを見つめ、話をする。
「僕も、シリル兄さんは偉いと思うよ。まだ何もしていなかったなんて……あんなに甘い雰囲気だったから、キスぐらいはしてると思ってた」
「何? 甘い雰囲気って、何があったんだよ?」
耳をピクピク動かして、メイナードはルシファに詰め寄る。
「ディナーの時ね、シリル兄さんリラ様に食べさせたんだよ、それも全部」
「それって求愛給餌⁈ シリル……意味分かってやったの?」
「はっ? 意味なんて、あの時は彼女が困っていたから……意味があるのか?」
ディナーの時、シリルはリラの背に尻尾を当てていた。声を聞こうとしたのではなかった。不安そうに小さく震えていた彼女を、少しでも安心させたくてそうしてしまった。結果、困っている声を聞いてしまったのだ。
「リラ様、困ってたんだ……彼女の方は、意味は知らない可能性が高いね。そもそも獣人じゃないし、それに知ってたら……いや、もしかして、モリーに聞いて知ってたのかな?」
ルシファは腕を組んで考えている。
メイナードは、自分より年上なのに恋愛絡みの事は何も知らないシリルに呆れていたが、今後の為にも教えてやる事にした。
「相手に食べさせる行為は、君に一生食べさせるから自分の事好きになってー、結婚しよーって事だろ。心から好きな相手には、無意識のうちにするらしいけどね。相手が食べるって事は、向こうも同じ気持ちだって事だよ……よかったね、シリル兄様。ちなみに全部食べさせると、少し意味が変わって、君の全部を食べたいっていう、深い意味になるからね」
「……はっ?」
知らずに行っていた行為の真意を聞き、目を丸くして固まっているシリルを見て、メイナードはニヤニヤと笑う。
「ちなみに僕はまだ、求愛給餌だけは誰にもした事がない。ふふふ、シリルに先越されちゃったなぁ……お風呂、先に入るね」と言うと、浴室へと向かった。
「僕は明日の朝食を頼んでくるよ」
ルシファは、しばらくシリルを一人にしてやろうと思い、部屋を出た。
一人部屋に残されたシリルは、顔を真っ赤にして頭を抱えていた。
「お、俺は……まだ告げてもいないのに……そんな」
俺は『好きだ』と、言葉でまだ伝えていない。
その前に行動で表してしまうとは……それも、無意識にやってしまっている。
リラは、俺の行動の意味を知っていたのだろうか?
知っていて、それでも尚食べてくれていたのなら……。
いや、朝食の時はさすがに知らなかったはずだ。
……でも、ディナーの時にはモリーから聞いていたかも知れない……。
別の意味。
そういえば、あの夜……彼女は俺の事を『待っていた』と言った。
そっと髪に触れてきて……尻尾に触れたいと……。
ああっ! まさかっ⁈
もうそろそろいいかな? と思い、ルシファが部屋へと戻ると、部屋の片隅で尻尾を左右に激しく揺らしながら、シリルは何やら悶えている。
声をかけようか迷ったが、いつもムッとした顔のシリルが、コロコロと顔色を変える姿を珍しいと思い、しばらく見ていることにした。
リラ様と会ってから、シリル兄さんはずいぶん表情豊かになったと思う。
今もまた、リラ様の事でも考えているんだろう。
ラビーに挨拶程度のキスをされ、それを本気だと思うほど純真なシリル兄さんも、やっと本当の恋を知ったようだ。そう思うと自然と顔が綻んだ。