ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
気持ち
「はい、着いた」
とん、と降ろされたそこは、小さな滝のそば。
木々の間から仄かに照らす月明かりはあるものの、周りは暗い。水の中に咲いている花は、残念ながら私には見えなかった。
それに夜、水辺のせいもあり、とても寒い。
「あの……花は」
少し震えて尋ねた私に、四人は急に態度を変えた。
「ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?」
赤毛のタナリアが、冷たく見下ろしながら言う。
「え?」
「だって、なーんにもされてないじゃん。あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど、あんたからは、なーんにも見えない」
「そう、確かにあんたからは、すごく良い匂いがするけど、それでもキスすらしてもらえてないでしょ?……まぁ、見た目がそれじゃあね」
スタイルの良い黒毛のカリーが、クスクスと笑って言った。
「子供とはヤル気が起きないか、シリル王子も私達みたいな女の方がいいんじゃないの?」
「そうだよね。あたし、シリル王子ってめっちゃ好みなんだ、あんなに強そうで漆黒の毛の持ち主なんて、獣人にも中々いないのよね。正式な結婚はまだしていない様だし、問題ないわね」
「問題ないって……?」
どういうこと?
私が分からずにいると、カリーは胸に手を当てて笑った。
「シリル王子は、私達が一晩借りるわ!」
ナディは嬌笑を浮かべ話す。
「あんたは此処にいなさいよ、将来の夫が他の女を抱いてる所なんて見たくないでしょ? あ、でも平気か。確か人って結婚していても、他の人と関係を持つのよね。あたし、何度か見た事あるもの」
それを聞いたタナリアが驚いた顔をする。
「うそ、番がいてもいいの?」
頷いたナディが、笑いながら三人に向け話を続ける。
「戦地でね、その辺の女を捕まえていたの。そいつら、妻も子供もいるけど此処にはいないから平気だと言っててさ」
「ふうん、番がいてもそんな事するんだ、獣人はさすがにそれはないわね」
「結婚するまでは自由だけどね」
「そうね、番を嫌いになっても、正式に別れるまでは他の人とはヤらないものね。バレちゃうからさ」
「やだ、何その言い方!」
あはは、と四人は私の事などお構いなしに笑い合っている。
「あの……」
これは、もしかして置いて行かれそうになっている?
それに、シリル様と……?
何と言えばいいのか分からず、立ち尽くしている私を見て、ニノンさんは満足そうに微笑んだ。
「そんなに寂しそうにしないで? 騙した訳じゃないのよ⁈ ホーリリーの花は本当よ。月がこの滝壺の真上に来れば、きれいに見えるわよ」
「あの、花はもう……」
どうやら一人、置いて行かれそうになっている。
花なんて見なくてもいいから連れて行って、そう言いたかったけど、怖くて寒くて震えてしまっている私の声は、彼女達には届かないほど小さかった。
「あら、震えてるわね。大丈夫よ、この辺は虫ぐらいしか出ないし、一晩ぐらいここに居たって死にやしないわ。ちゃんと明け方迎えに来るから、良い子で待っていなさい、リラちゃん」
四人はそれだけ言うと、私を置いて山の中に消えてしまった。
(……どうしよう)
まさか、こんなことになるとは……。
『待って』とすら言えなかった。
連れて来られた道を戻りたくても、夜目の効かない私にはどこに道があるのか分からない。
それにしても……思い切りお子様扱いをされてしまった。
『ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?』
『なーんにもされてないじゃん』
『キスすらしてもらえてないでしょ?』
獣人にはそんな事まで分かるんだ。
『あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど』
あの言葉は、以前ラビー姉様から聞いた
『私、シリルとキスした事があるの。軽くなんだけど……』
たった一度のキスでも繋がりが出来るの? それともラビー姉様は、ずっと一緒に暮らしているからかな?
キス……。
私は、抱きしめてもらったことは何度もあるけど、キスはない。挨拶のキスすらない。私からもした事はない……。
それに、抱きしめてもらったと言っても、それは馬に乗ったから、風が強かったから、危ない目に遭った時、助けてくれたその過程で……すべて理由がある。理由がなく抱きしめられた事はない。
「そうかぁ、そうだよね……」
その場で膝を抱えてしゃがみ込んだ。
月明かりの下、揺れる水辺に映る私の姿は、同じ歳の獣人達より小柄で子供のよう。
私の顔は母さんによく似ている。リフテスにいた頃は、美人の方だと言われていたけれど、マフガルドの人達には幼い子供の顔に見えるようだ。
スタイルは、それなりだと思っていたけど、さっきの狐獣人の女性達には比べ物にならない。
『シリル王子ってめっちゃ好みなんだ……一晩借りるわ!』
そう言っていた。
『めっちゃ好み』
そうだよね、シリル様カッコいいもの……。
さっきだって、焚火の明かりが、揺ら揺らと彼の端正な顔を照らしていて……素敵だった。
ベレンジャーさんと楽しそうに笑って話をしている彼が、時折私の方を見て、黄金色の目を細めてくれる姿に……何度も胸がときめいた。
その時から、ううん、此処に到着してすぐに気付いていた。
綺麗な獣人女性達が、シリル様を熱っぽく見つめていたこと。
私が彼の結婚相手だと知った時、その人達が私を見る目は、途端に冷たくなって『相応しくない』、そう云われている様だった。
「はぁ、寒いなぁ……」
吐く息は白い。
腕を摩りながら、空を見上げる。月はまだ真上には来ていない。
このまま此処にいれば、彼女達は明日の朝には迎えに来てくれるだろう。ただ、その前に私は凍るかもしれないなぁ……。
私は、さっき迄焚火のそばに居た。そこは暖かくて、上着を脱いでいた。旅用の丈夫な服を着ているが……薄着なのだ。
こんな場所に来るとは思っていなかったから、仕方ない事だけれど、ああ……上着、着ておけばよかったな。
(今頃、シリル様はあの四人の誰かと過ごしているのかなぁ……)
あーっ、だめだめっ!
頭を振って、両手で頬をペチペチと叩く。
ジッとしていると、つまらない事ばかり考えちゃう。
「よしっ」
とりあえず立って、もう一度周りを見回して見た。
……けれど、道はさっぱり見えなくて、どこをどう来たのかも、分からない。
クンクンと匂ってみる。
獣人ではないけど、料理の美味しそうな匂いぐらい辿れそうだと思った。
……分からなかった。
こうなったら「助けて~!」って叫んでみる⁈
でも…….知らない人が来たら?
声に刺激されて変な虫とか、怖い動物とか出て来たら……無理。考えるだけで怖い。
この場所迄は山を降りて来た。だから皆は上の方にいるはずだ。分かる事はそれぐらい。
でも、やれる事をやらなければ……そう思って上の方に視線を向けた。
ガサ ガサ ガサ
何かが草を掻き分ける音が聞こえてくる。
何かくるの?
もしかして、さっきの獣人女性達が戻って来てくれた?
それとも……。
虫はでるって言ってた。
マフガルドの虫って大きい⁉︎
音の方に目を凝らすけれど、暗くて全然分からない。
分かる事は、何かが動いてこっちに向かって来ているという事。
それもすごく速い。
怖いっ!
助けて、シリル様っ!
ガサガサという物音は、すぐ側まで迫っていた。
とん、と降ろされたそこは、小さな滝のそば。
木々の間から仄かに照らす月明かりはあるものの、周りは暗い。水の中に咲いている花は、残念ながら私には見えなかった。
それに夜、水辺のせいもあり、とても寒い。
「あの……花は」
少し震えて尋ねた私に、四人は急に態度を変えた。
「ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?」
赤毛のタナリアが、冷たく見下ろしながら言う。
「え?」
「だって、なーんにもされてないじゃん。あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど、あんたからは、なーんにも見えない」
「そう、確かにあんたからは、すごく良い匂いがするけど、それでもキスすらしてもらえてないでしょ?……まぁ、見た目がそれじゃあね」
スタイルの良い黒毛のカリーが、クスクスと笑って言った。
「子供とはヤル気が起きないか、シリル王子も私達みたいな女の方がいいんじゃないの?」
「そうだよね。あたし、シリル王子ってめっちゃ好みなんだ、あんなに強そうで漆黒の毛の持ち主なんて、獣人にも中々いないのよね。正式な結婚はまだしていない様だし、問題ないわね」
「問題ないって……?」
どういうこと?
私が分からずにいると、カリーは胸に手を当てて笑った。
「シリル王子は、私達が一晩借りるわ!」
ナディは嬌笑を浮かべ話す。
「あんたは此処にいなさいよ、将来の夫が他の女を抱いてる所なんて見たくないでしょ? あ、でも平気か。確か人って結婚していても、他の人と関係を持つのよね。あたし、何度か見た事あるもの」
それを聞いたタナリアが驚いた顔をする。
「うそ、番がいてもいいの?」
頷いたナディが、笑いながら三人に向け話を続ける。
「戦地でね、その辺の女を捕まえていたの。そいつら、妻も子供もいるけど此処にはいないから平気だと言っててさ」
「ふうん、番がいてもそんな事するんだ、獣人はさすがにそれはないわね」
「結婚するまでは自由だけどね」
「そうね、番を嫌いになっても、正式に別れるまでは他の人とはヤらないものね。バレちゃうからさ」
「やだ、何その言い方!」
あはは、と四人は私の事などお構いなしに笑い合っている。
「あの……」
これは、もしかして置いて行かれそうになっている?
それに、シリル様と……?
何と言えばいいのか分からず、立ち尽くしている私を見て、ニノンさんは満足そうに微笑んだ。
「そんなに寂しそうにしないで? 騙した訳じゃないのよ⁈ ホーリリーの花は本当よ。月がこの滝壺の真上に来れば、きれいに見えるわよ」
「あの、花はもう……」
どうやら一人、置いて行かれそうになっている。
花なんて見なくてもいいから連れて行って、そう言いたかったけど、怖くて寒くて震えてしまっている私の声は、彼女達には届かないほど小さかった。
「あら、震えてるわね。大丈夫よ、この辺は虫ぐらいしか出ないし、一晩ぐらいここに居たって死にやしないわ。ちゃんと明け方迎えに来るから、良い子で待っていなさい、リラちゃん」
四人はそれだけ言うと、私を置いて山の中に消えてしまった。
(……どうしよう)
まさか、こんなことになるとは……。
『待って』とすら言えなかった。
連れて来られた道を戻りたくても、夜目の効かない私にはどこに道があるのか分からない。
それにしても……思い切りお子様扱いをされてしまった。
『ねぇ、あんた本当にシリル王子の妻なの?』
『なーんにもされてないじゃん』
『キスすらしてもらえてないでしょ?』
獣人にはそんな事まで分かるんだ。
『あのラビーって女は、多少シリル王子と繋がりが見えるけど』
あの言葉は、以前ラビー姉様から聞いた
『私、シリルとキスした事があるの。軽くなんだけど……』
たった一度のキスでも繋がりが出来るの? それともラビー姉様は、ずっと一緒に暮らしているからかな?
キス……。
私は、抱きしめてもらったことは何度もあるけど、キスはない。挨拶のキスすらない。私からもした事はない……。
それに、抱きしめてもらったと言っても、それは馬に乗ったから、風が強かったから、危ない目に遭った時、助けてくれたその過程で……すべて理由がある。理由がなく抱きしめられた事はない。
「そうかぁ、そうだよね……」
その場で膝を抱えてしゃがみ込んだ。
月明かりの下、揺れる水辺に映る私の姿は、同じ歳の獣人達より小柄で子供のよう。
私の顔は母さんによく似ている。リフテスにいた頃は、美人の方だと言われていたけれど、マフガルドの人達には幼い子供の顔に見えるようだ。
スタイルは、それなりだと思っていたけど、さっきの狐獣人の女性達には比べ物にならない。
『シリル王子ってめっちゃ好みなんだ……一晩借りるわ!』
そう言っていた。
『めっちゃ好み』
そうだよね、シリル様カッコいいもの……。
さっきだって、焚火の明かりが、揺ら揺らと彼の端正な顔を照らしていて……素敵だった。
ベレンジャーさんと楽しそうに笑って話をしている彼が、時折私の方を見て、黄金色の目を細めてくれる姿に……何度も胸がときめいた。
その時から、ううん、此処に到着してすぐに気付いていた。
綺麗な獣人女性達が、シリル様を熱っぽく見つめていたこと。
私が彼の結婚相手だと知った時、その人達が私を見る目は、途端に冷たくなって『相応しくない』、そう云われている様だった。
「はぁ、寒いなぁ……」
吐く息は白い。
腕を摩りながら、空を見上げる。月はまだ真上には来ていない。
このまま此処にいれば、彼女達は明日の朝には迎えに来てくれるだろう。ただ、その前に私は凍るかもしれないなぁ……。
私は、さっき迄焚火のそばに居た。そこは暖かくて、上着を脱いでいた。旅用の丈夫な服を着ているが……薄着なのだ。
こんな場所に来るとは思っていなかったから、仕方ない事だけれど、ああ……上着、着ておけばよかったな。
(今頃、シリル様はあの四人の誰かと過ごしているのかなぁ……)
あーっ、だめだめっ!
頭を振って、両手で頬をペチペチと叩く。
ジッとしていると、つまらない事ばかり考えちゃう。
「よしっ」
とりあえず立って、もう一度周りを見回して見た。
……けれど、道はさっぱり見えなくて、どこをどう来たのかも、分からない。
クンクンと匂ってみる。
獣人ではないけど、料理の美味しそうな匂いぐらい辿れそうだと思った。
……分からなかった。
こうなったら「助けて~!」って叫んでみる⁈
でも…….知らない人が来たら?
声に刺激されて変な虫とか、怖い動物とか出て来たら……無理。考えるだけで怖い。
この場所迄は山を降りて来た。だから皆は上の方にいるはずだ。分かる事はそれぐらい。
でも、やれる事をやらなければ……そう思って上の方に視線を向けた。
ガサ ガサ ガサ
何かが草を掻き分ける音が聞こえてくる。
何かくるの?
もしかして、さっきの獣人女性達が戻って来てくれた?
それとも……。
虫はでるって言ってた。
マフガルドの虫って大きい⁉︎
音の方に目を凝らすけれど、暗くて全然分からない。
分かる事は、何かが動いてこっちに向かって来ているという事。
それもすごく速い。
怖いっ!
助けて、シリル様っ!
ガサガサという物音は、すぐ側まで迫っていた。