ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

伝える

 バサッ バサッ

 草を掻き分けて現れたのは、息を切らしたシリル様だった。
 彼の姿に、それまでの緊張が一気に解れた。

「はっ、はっ……よかった!」
「シリル様……」

 私のために、急いで駆け着けてくれたみたい。乱れた髪の毛や服に葉っぱや切れた草がついている。

「すまない、怖かっただろう? リラの匂いがしていたから近くに居ると思い込んで、ベレンジャーと話し込んでいた。だが、隣には違う女性がいて……君がいない事に、気づくのが遅れてしまった」


 私の匂い……?
 ここまで連れて来られた時に、匂いが移ったのだろうか?
 ……と言う事は、あのキレイな人達が彼の側に居たんだ……。


 シリル様は頭を振って、髪に付いていた葉っぱを落とし、尻尾をフワリと揺らした。尻尾の、その美しい漆黒の毛に、白い毛が混じって見えた。

 あの美人な狐獣人ナディさんの毛だ。
 直感でそう思った。



 先程、宴の席で見た光景を思い出した。

 尾の長い、栗鼠獣人や狐獣人の男女が、尻尾を絡めているところ……私にはその行為に、どんな意味があるのか本当のところは分からないけれど。


 ルシファ様にも、彼に気のある栗鼠獣人女性達が、代わる代わる来ては横に座り、長い尻尾を絡めていた。
 その尻尾は、その都度ルシファ様の方から離れされていたけれど、その事に気づいたラビー姉様が、珍しく拗ねたようにルシファ様から顔を逸らしていた。
 兎獣人であるラビー姉様の尻尾は、あまり長くはない。姉様の方から尾を絡める事は、難しそうに見えた。すると、そのラビー姉様の尻尾にルシファ様が何でもない様な顔をして、そっと尻尾を絡めた。

 その仕種は、まるで愛の表現みたいで……。

 ううん、きっと獣人達の愛の表現の一つなんだと思う。


 ……私は、それがすごく羨ましかった。


 私には絶対出来ない。
 だって私には尻尾はないもの。


 シリル様もあの人と同じことをしたのかな……。


 そんな事を考えてしまっていた私は、シリル様の漆黒の尻尾から目が離せずにいた。


「リラ、どこか具合でも悪いのか?」
「えっ?」
「いや、さっきから……あ、寒いだろう? 此処は滝の側で冷える。魔法で温めてやりたいが、俺の魔法では……すぐに上に戻ろう」

 シリル様はそう言うと、私をまるで幼い子供を抱く様に、ヒョイッと脇を抱え上げて片腕に抱き抱えた。


 ……やっぱり、そうなんだ……。

 私は、シリル様にとって子供と同じ。同じだ。

「シリル様、私自分で歩けます。歩いて行きます。だから下ろして下さい」
「あ……ああ、そうか」

 たぶん……彼は、私の事を思って抱き抱えてくれたのだろうが、子供扱いされた気がして冷たい言い方をしてしまった。
 けれどシリル様はそんな私を、何も言わずに優しくそっと下ろしてくれた。

 その時、フワリと彼の尻尾が体に触れそうになって、急いで離れた。

 あの人に触れた尻尾に、触りたくないと思った。

 ……たぶん私は、ナディさんに勝手に嫉妬している。彼女は大人で、私には決して出来ない事が出来る、それが羨ましくて。

「リラ……?」
「後ろをついていきます。離れない様に、服の端を握ってもいいですか?」

 笑みを浮かべ言うと、手を差し伸べてくれていたシリル様は、戸惑い気味に頷いた。

 袖口を握ろうと手を伸ばしている私の影が、地面に映る。
 その明るさに空を見上げれば、ちょうど月が真上に来ようとしていた。

「そういえば、月が真上に来た時に、水の中にホーリリーという花が見えるって、教えてもらいました」
「ホーリリー……ああ、そうか……見ていきたいか?」
「はい、もうすぐですし、シリル様がよければ」
「俺は構わないが……」

 そう言うとシリル様は上着を脱ぎ、そっと私に掛けてくれた。背の高い彼の上着はまるでコートの様。

「リラに此処は寒すぎるだろう? ちょっと酒臭いかもしれないが、着て欲しい」
「ありがとうございます」

 掛けてくれた上着は彼の温もりと優しい匂い、それから果実酒の匂いがした。そして、狐獣人ナディさんの甘い匂いが少し漂っている。


 鼻は効かないはずなのに、こんな時は敏感なんだなぁ……。


 もう、何でこんな事ばかり考えちゃうんだろう。
 シリル様は心配して、慌てて来てくれたのに。


「リラ、そこに咲いている花、見えるか?」

 横に立つシリル様が指を差し、水の中に咲く白い花を教えてくれた。

 小さな花がゆらゆらと揺れ、とても幻想的だ。


「シリル様」
「ん?」
「本当に私と結婚してもいいんですか?」
「…………なぜ、そんな事を?」

 シリル様の声が小さくなる。

「王様が、側室は取らないと言っていました。私と結婚してしまったら、シリル様は、これから他に好きな人が出来ても、その人と一緒になれません」
「えっ?」
「私の事、子供としか思えないでしょう? 獣人の方より小さいし、一人で馬にも乗れなくて、礼儀もマナーも知らない。食事も食べさせないといけない様な……さっきも、初めて会った人でさえ、食べさせようとするぐらい、私は子供にしか見られない」
「ちょっと待ってくれ、リラそれは」
「私、言われたんです。シリル様にキスすらしてもらえないって、それでも妻なのかって」
「それは」

 答えに迷うシリル様の尻尾は、ダラリと下がっていた。

「……リラ、今君は酔っているだろう? 少しだが酒の匂いもする」

 困った様に顔を逸らしてシリル様は言った。

 確かに少しお酒を口にしたけれど、酔ってなんかいない。そんな風に話を逸らさないで……。

「酔ってません、酔ってなんかない!」

 たとえ子供としか思われていなくても、それでも私は……。


 シリル様が好き。

 そう思うと切なくて、自分でもどうしようもなく、ぐちゃぐちゃな気持ちになって、泣きそうになりながら怒ったように叫んでしまった。








(俺は、どうしたらいいのだろうか……)

 女性に不慣れなシリルは、分からずにいた。



 リラが飲み物を取りに行くと、狐獣人女性と離れた後、俺はベレンジャーと話し込んでいた。

 ベレンジャーの仲間の女性と一緒だ、それもすぐ其処に行っただけ、だから安心しきっていた。

 それに、いつの間にか彼女の匂いが戻って来ていたから、すぐ近くにいると思い込んでいたのだ。
すでに、飲みすぎていたのかも知れない。

 不意に尻尾に違和感を感じた。尻尾に絡みつく感触。今まで一度もした事も、された事もないが、さすがに俺でもその行為を知っている。
 尾の長い獣人達が尻尾を絡める、それは相手を誘う時や愛する者同士で行う行為だ。

 人であるリラとは出来ない。

 だから、これは……。

 振り向くと、狐獣人の綺麗な女性がいた。俺の尻尾に自身の真っ白な尾を絡めている。
「やめてくれ」
 そう言ってすぐに尾を外した。

 たとえ彼女が意味を知らなくても、こんな姿を見られたくは無かった。

 だが……俺のそんな心配は余所に、肝心のリラがいない。

「リラは? さっき一緒にいただろう?」

 獣人女性に聞くと、花を見に行ったと言う。
初めて来た山、こんな夜遅くに彼女が一人で行くはずがない。すぐに嘘だと分かったが、女性達を問いただしているより先に彼女の下へと駆け出した。

 匂いを辿り、草を掻き分け向かった先の、滝の側にいたリラの無事な姿に、ホッと胸を撫で下ろした。
 上まで連れて行こうと抱き抱えると、下ろして欲しいと言われてしまった。


 ……酒臭かったのだろうか……。


 けれど、どうも様子がおかしい。

 彼女の気持ちを知りたいと思った俺は、さりげなく尻尾で触れようとしたが、逃げるように離れられてしまった。


 リラはジッと尻尾を見ている……尻尾を見ている⁈

 もしや、気づいているのか?

 尻尾で触れると君の心の声を読めることに……。

 だが、それは俺の考えすぎだった様だ。


 ホーリリーの花が見たいと言われ、しばらくこの場にいる事にした。


 俺の上着を着せると、なんだか頬を染めている様に見えた。そんなかわいいリラに見惚れていると、思っても見ない事を次々と言われてしまった。

 自分と結婚してもいいのか、子供としか思えないだろうと。

 それに……キスすらしてもらえない……と。


 今にも泣きそうな顔で、そんな事を言われてしまった。

 リラ、それは……。


 あの夜聞いた君の心の声……。

『私はあなたを好きになってしまったようです』

 ……あれは本当だったのか……?









「リラ」

 フワッとシリル様の優しい手が、私を包み込むように引き寄せた。

「リラ」

 彼は優しく私の名を呼び、そっと抱きしめる。

 すぐ近くに聴こえる彼の胸の鼓動は、高鳴っていた。


「俺は、君が好きだ……リラが好きだ。それに、俺は君を子供だと思った事はただの一度もない」

 優しくて少し掠れた低い彼の声は、少しだけ震えていた。

「何度も言おうと思っていた。俺は、たぶん出会った時から、君が好きだ」

 彼の胸の服をギュッと握り、顔を埋めた。

 あの時、伝えようとしてくれていた言葉。
『好きだ』と言おうとしてくれていたなんて……。

 ……うれしい、嬉しくて泣きそう。


「私も……好きです、好きです。シリル様が好き」
「リラ……」









 シリルは迷っている。


 月明かり、二人きり、告白をし互いの気持ちを通わせた。

 そして二人は今、抱き合っている。


 キスをするなら今だ。

 分かっている。

 そして、きっとリラも待っている……だが。

 呑みすぎた…………俺は今、かなり酒臭い。


 初めて愛する人と交わすキスが、こんなに酒臭い状態なんて……。



 くそっ、ベレンジャーの奴、リラに下心満載で近づく男達を、俺が牽制する度に面白がって酒を飲ませてきて……。
 いや、こんな事になるとは思っていないのだからアイツのせいじゃない……。


 はっ、そんなことより……リラはどうやら求愛給餌を勘違いしているようだ。

 ……きちんと伝えておかなければ……。

 この先、知らずに他の男から差し出された物を、子供にする行為と思い、食べてしまうかもしれない。
 いや、もうそんな事は俺がさせないが……けれど何があるか分からないのだ。


 意味を伝えて…………はっ? 大丈夫なのか?

 俺は一度すべてを食べさせている。そしてリラも食べている。互いに意味を知らなかったとは言え、あの時、父と母、兄弟達にしっかりと見られていたのだ。

 まさかあの行為が、公の場で『君の全てを食べたい(深い意味で)』『嬉しい、食べて!』と言った事と同じだと知れば……。

 こ、ここはラビーに頼んだ方がいいかもしれない。
 きっと上手く話してくれるはずだ。




「シリル様……」

 リラが顔を上げた。
 せつなげな表情で俺を見つめている。


 ……可愛すぎる……。

 潤んだ瞳が、可愛らしい唇が、俺を誘っている。



 もう いいか。



 酒臭いけど……果実酒だから……。



 シリルはリラに、スッと顔を寄せた。

 ーーが。

 ガサガサッ

「わっ! 押すなって‼︎」
「バカっ! 静かにしてよバレちゃうじゃない!」
「ラビー、メイナード……静かにしてよ、いいとこだったのに」

 声に驚き顔を上げると、木の陰に奴らがいた。

「お前たち、いつから其処に⁈ 」
 思わず声が低くなった。

 ベレンジャーがニヤつきながら
「『すまない、怖かっただろう』辺りかな? なっ?」と言うと、ゾロゾロと隠れて見ていた人々が出て来る。それも、ざっと三十人ほどだ。あんなにいたのか⁈

 それを見たリラは真っ赤になって俺にしがみ付き、顔を隠した。

「ううっ……恥ずかしいっ……」

 ……かっかわいい……!

 彼女を抱きしめながら、俺の尻尾の振りは止まらなかった。
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