ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

あの後

 翌朝、出発の前の事。

 私が一人でいたテントに、ラビー姉様に案内されて、昨夜の狐獣人女性達が謝りに来てくれた。

「リラ様、本当にごめん」
「置き去りにしてごめんなさい」
「人はあたし達より寒さに弱いんだって事、知らなかった」

 申し訳ないと伏せられた耳と、下がり切った尻尾。
 今朝の彼女達は、昨夜の自信に溢れた態度とは大違いだった。

「はい、もう大丈夫です。花は嘘じゃなく、ちゃんと見る事が出来たし、シリル様がすぐに来てくれたので……」

 言いながら昨夜のシリル様を思い出してしまい、顔が熱くなり頬を押さえた。
 獣人女性達は、許してもらえた事に安心して相好を崩す。

「私達さ、シリル様と結婚できるリラ様が羨ましくて、意地悪したんだ」

 そう素直に話す彼女達に、ラビー姉様は口をポカンと開け、わかりやすく驚いていた。

「そうなの⁈ それってシリルが良いって事よね⁈ 素敵だって事? シリルはね、貴族や王都の女性達には全然見向きもされないのよ。それどころか怖がられてばかりなの」

 すると、今度はそれを聞いた女性達が驚いた顔になった。

「ええっ! 信じられない! あんなに強そうで、顔だって体だって良いのに⁈ その上漆黒の毛並みだよ? 貴族って見る目ないのね……」
「都会の女って、顔だけで金持ちの優男が好きなんでしょ。ま、そういうのも嫌いじゃないけど」

 皆は呆れた顔をしていた。
 すると、ナディさんがフッと私を見て目を細める。

「リラ様は違うわよね?」

「えっ! 私? 私は……」

 真っ赤になって俯いてしまった。
 そんな私を見て、彼女達は含み笑いをする。

「ごめん、分かってるよ! 昨日、私達も見てたし聞いてたから。で? あの後少しは進んだ?」

 興味津々な顔で聞いてくる皆の尻尾は、フサフサと同じ動きをしていた。


 昨夜の見物人の中に、皆さんいたんですね……恥ずかしいです。




 あの後……私とシリル様は……。








 シリル様と私は気持ちを伝え合った。
 ただ、その様子は大勢の人に見られていて、すごく恥ずかしい思いをした。
 その後、私とシリル様は二人で同じテントに眠る事になって……。
 
 城にいる時も一緒に寝た事はあるし、いずれ夫婦になる約束をしているのだから、何もおかしな事ではないのかも知れない。けれど、気持ちを伝え合った今、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

 意識してしまった二人の間には、妙な緊張感が漂っていまい……。
 緊張していたはずなのに……気がつけば朝になっていて、あろうことか私は、シリル様の尻尾をしっかりと抱えて眠っていた。



 チチチッと鳥の声が聞こえ、テントの隙間から朝日が差し込んでいる。



「……リラ、おはよう」

 そっと頭を撫でられる感触と、シリル様の優しい声に目が覚めた。

 隙間から差す朝日を背に受けキラキラと輝く彼は、片膝を抱え座った状態で、横になっている私の頭を撫でていた。
 その黄金の双眸は優しく細められている。

「リラ」

 名前を呼び首を傾ける彼の頬に、漆黒の髪がサラリと流れる。

(シリル様、素敵……)

 私は、温かなモフモフの尻尾を抱きしめながら、首を傾げた。

(……でも、どうして? シリル様が横にいるの?)

「ん? 昨夜の事、覚えてないのか?」

(……は⁈ 昨夜?)

 ガバッと起きると、なんだか頭がくらりとする。

「急に起き上がらない方がいい」
「はい……」

 クラクラする頭に手を当てていると、シリル様がそっと頬に手を添えた。

「……シリル様?」

 
 彼が私を見る目は、果てしなく甘く優しい。
 うっ、朝からそんな顔で見つめられると恥ずかしい……それに……すごく、距離が近い。態度も、昨日までよりずっと柔らかく感じる。


「リラ……まさか……何も覚えていないのか?」
「……何を?」

 シリル様は大きく目を見開いたが、すぐに残念そうに唇を噛み締め、耳を伏せた。

 何も覚えて……? えっ? 何かあったの⁈


 好きだと互いに言った事は覚えている。その後ギュッと私からしがみ付いた事も、皆に一部始終見られていた事も。

 けれどテントに入った、その辺りからの記憶がない。
 確か……初めて口にしたほんの少しの果実酒と、シリル様のお酒の匂いに(コチラが強かったと思う)私は酔ってしまった。しがみ付いた私の様子がおかしい事に気づいたシリル様が、テントまで抱き抱えて運んでくれて……。

 横になったけど少し寒くて……。

 それから……それから?


「……俺は先に出る。リラも支度をして……今日は山道を抜けなければならないから」

 シュンとした後ろ姿を見せ、ダラリと下がった尻尾の先を少しだけ揺らし、シリル様は指を一つ鳴らして、テントを出て行った。


 ええっ! 教えてシリル様! 何?

 ……テントで何かあった? 
 私、何かしましたか⁈

 服はちゃんと着ているし、残念なぐらい全く乱れていない。昨日掛けてもらったシリル様の上着だって、まだそのまま着ている状態だ。


 となると……『キス』したのだろうか?

 ……まったく覚えていない。


 唇に触れてみたが、乾いているだけで何も分からない。
 怪我もしていないし……牙で怪我をするかは分からないんだけど……わ、分からない。








「その様子じゃ、なーんにもなかった見たいね」

 私をジッと見ていたニノンさんが、ちょっとつまらなそうに言った。

「えっ!」

「ん? 何かあったの? でも、まだキスはしていない様だけど?」

 タナリアさんは、尻尾をフサフサと揺らしながら、楽しそうに聞いてくる。


 してないの?
 じゃあ、今朝のシリル様のあの態度は……?


「あ、あの……そういうのは獣人の方には分かるものなんですか?」

「そうねぇ、成人した獣人は割と見える、んー、感じると言った方がいいかな?」

 ニヤリと笑いながらナディさんが言った。悪戯な笑い方でも、美人がすれば綺麗だ。

「見える……感じる?」

「この人とコイツ出来てるなって分かるのよ」

 タナリアさんが話すと、ラビー姉様が慌てたように私に話す。

「あのね、シリルは成人しているけど、それ、分からないのよ」

「シリル様は分からない?」
 どういうこと?

「そうなの、あのね、シリルは生まれた時から魔力がすごーく強いの。それで、これは聞いた話なんだけど、シリルがまだ三歳の頃、どこかの国の王様が、王妃様を連れマフガルド王国を訪れたんだけど、その王様は連れて来ていた侍女達に手を付けていたみたいで、その事が見えたシリルは、悪気なく言ったらしいわ。『王様はたくさんの人とチューするんだね、あの人もこの人とも、いっぱいしてるね』って。それで、その王様と王妃様は大喧嘩になって大変だったんですって」

「えっ! 成人していなくても分かるんですか?」

 ラビー姉様は首を横に振った。

「普通ならあり得ないの」
「子供は見たままを口にするからね」

 ニノンさんは苦笑していた。

「たまたま分かったんだろうって、大人達は思っていたらしいんだけど、それがその一度だけじゃ済まなくて、その後も貴族達の誰と誰がチューしてる、なんて次々と言うものだから、皆から別の意味で恐れられてね。マフガルド王が見えない様に封印したんだって聞いてる」

「そうなんですね……」

 ……どうして王様はシリル様が大人になっても、封印を解かなかったのかしら? と疑問に思った。
 今度会った時、王様に聞いてみよう。



 ナディさん達は納得した様な顔をして頷いていた。

「どうりで、さっきすれ違った時、私達がメイナード様とキスした事も気づかれなかった訳ね」

「……ええっ!」

 驚く私の横で、ラビー姉様はうんうんと頷いている。

「メイナードったら、困った弟だわ。ほとんどの女の子としているし……まぁ、ここでは軽いキスだけしかしていない様だから別にいいわ」
「い、いいんですか?」
「いいのよ、言ったでしょ? 兎獣人にとっては挨拶だって。特にメイナードにとっては、軽いキスなんて、呼吸をしている事と変わらないわよ」

 ラビー姉様は、パチリとウインクしてみせる。

 ここではって、他の所では違うの⁈

 想像してしまい頬を染める私を見て、大人な皆は笑っていた。










 カダル山賊の皆に別れを告げ、私達はリフテス王国へと向かう。

 山道を進む馬車はガタガタと揺れ、道幅はギリギリで、生い茂る草木が幌に当たりバサバサと音を立てている。
 
 国境近くの町までの道のりを、ベレンジャーさん達が道案内をしてくれている。

 今日はシリル様とメイナード様は二人で御者をしている。荷台にいるのは私とラビー姉様、ルシファ様の三人だけだ。

「シリルが御者するなら、僕は中にいてもいいでしょう? リラ様には何もしないって……我慢できるよ、たぶん」
「たぶん、じゃダメだ」


 荷台で本を読みながら二人の会話を聞いていたルシファ様は、笑みを浮かべていた。






 しばらく、何事もなく山道を進んでいた。

 もう少しで、山の出口に辿り着くという時。


「シリル、何か来るぞ!」

 何かを察したベレンジャーさんの大きな声が聞こえる。
 バラバラと音が聞こえるが、荷台にいる私達には何が何だか分からない。

 その時、パチンと指の鳴る音が聞こえた。
 シリル様が魔法を使う時の音だ。

 音を聞いたラビー姉様は、私と一緒にルシファ様の後ろへと隠れるように座る。

「リラ大丈夫よ、シリルは最強だから」

 ね、とラビー姉様は私を安心させる様に、可愛くウインクをして見せてくれた。
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