ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

王の部屋

 私達は被っていたマントを取り払い、声の主へ目を向けた。

 開け放たれた窓から、月の光が部屋の中へと入り込み、寝台の上の人物を映し出していた。

 そこにいる人物は、あの日屋敷を訪れた『リフテス王』……私の『お父様』……のはずだ。

(……本当に?……リフテス王って、こんな小さな人だった?)


 初めて会ったあの日は、跪き見上げていたからか、もっと大きな人に感じた。

 
 それに、禍々しく嫌な雰囲気も漂っていた。

 けれど今、そこにいる人からそういった感じは全く無い。


「……誰?」

 とても優しく弱々しい声。

 やはり、あの日とは違う。
 あの傲慢で人を見下した様な威圧感のある声ではない。


「ふわぁっ!……かっ可愛い……めちゃくちゃ美人」

 メイナード様は両手を前に組み、赤い瞳を煌かせている。
 真っ白の獣耳はピンっと前を向いて立ち、長くなった尻尾がプルプルと震えていた。
 
 バシッ!

 メイナード様の背中をラビー姉様が平手で叩く。

「痛いっ! ラビー、なんで叩くんだよ? 本当の事を言っただけだろう⁈」
「メイナードっ、あなたいくら何でも見境がないわよっ! 男性に向かって美人なんて、褒め言葉にならないわ、それにリラのお父様なのよっ!…………お父様ーーっ⁉︎」

 お父様を改めて見たラビー姉様は、両手で口を塞いだ。
 隣に立つメイナード様同様に頬を染め、尻尾をふるわせている。

 そうなるのも仕方がない。
 そこにいる人は、目を奪われるほどの美しさだった。

 月の光に照らされ浮かび上がる白い肌、寝台の上に落ちる長く艶やかな黄金の髪。
 髪と同じ色の長い睫毛が、リフテス王族特有の目を縁取り、瞬きをする度に影を落とす。

 そこはかとなくこちらを見ているその表情には、色気までも漂っている。

『リフテス王』だと知らず出会うなら、性別も年齢も分からないと思う。


「リラと似ている……」

 小さな声でシリル様が言った。

(シリル様……私、あんなに美人じゃないですよ⁈)


『お父様』は首を傾げ、こちらを見ている。

「あなた達は誰? そこにいるのは……メリーナ?……メリーナなのか?」
「はい、そうです。お久しぶりです。アレクサンドル様」

 メリーナが答えると、お父様は微笑みを浮かべた。

「マーガレットを連れてきてくれたの?」

 私の方を見て、幸せそうに笑みを浮かべる。
 今のお父様には、私が母さんに見えているのだろうか。

「アレクサンドル様、この子はリラ様です。あなたの娘。マーガレットの子供です」
「……リラ?」
「そうです。忘れてしまわれたのですか?」

 メリーナが話すと、お父様は小さく首を横に振った。

「愛しい娘を忘れたりしないよ……大きくなったね……そうだ、この間ブノア大臣に絵姿を見せて貰って……」

 お父様はそのまま声をのんだ。

「アレクサンドル様」

 メリーナが話そうとすると、お父様が子供の様に尋ねる。

「……マーガレットは?」
「ここにはいません」

 メリーナはお父様を真っ直ぐに見つめて、返事を返した。

「私達の屋敷にいるの?」
「そこにもいません……アレクサンドル様は知っているでしょう?」

 メリーナがそういうと、お父様の美しい目に涙が浮かんだ。

「そうだ……マーガレットは……」

 白い頬に一筋の涙が流れる。


 その時、雲が月を隠した。
 部屋の中が途端に暗くなる。

 すると、『リフテス王』の表情が一変した。
 彼からあの時と同じ、禍々しい雰囲気が漂って来る。

 ……まさか……。


『お前たち、何者だ……何故……獣人がここにいる』

 その声も、先程とはまったく違う。
 今、目の前にいるのは、あの日屋敷に来た王の顔と声。

「私達はアレクサンドル様を助けにきたのよ」

 メリーナが毅然と答えると、リフテス王の瞳が真っ白に変わる。
 ギロリ、とその目は私を通り越し、シリル様達に向けられた。

『お前達は……獣人……その漆黒は、シリウスか⁉︎』

 シリル様を見た白い瞳のリフテス王が、知らない名前を告げる。

 次の瞬間。


 ドオオーーーーンッ!
 突如爆音が響き渡り、城が大きく揺れた。


「何⁈」

 あまりの揺れに、ラビー姉様はルシファ様にしがみつく。
 倒れそうになった私は、シリル様の伸ばした腕に抱き抱えられた。

 その時、彼がハッと何かに気付いた様に扉に目をやる。


『リフテス王』がフッと意識を無くし、そのまま倒れた。

「アレクサンドル様!」

 メリーナがお父様の下へ駆け寄ろうとしたちょうどその時、部屋に向かって来る大勢の足音が聞こえてきた。


 すぐにメリーナはバーナビーさんに指を向ける。
「バーナビーさん、あなたは奥さまの所へ!」

 指をくいッと動かし、バーナビーさんをいち早く転移させた。

 そのままルシファ様を転移させようと、指先を向けたその時

 ーーーーバンッ! と扉が勢いよく開かれた。

 異様な感じを察したシリル様は、私を背に庇う様にして前に立つ。


 部屋の中へ、大勢の兵達が剣を携え入って来た。

「どけっ! どかぬかっ!」

 廊下の奥から罵声が聞こえると、途端に兵達は動きを止め、左右に別れ道を作り敬礼をする。

 そこを、艶めかしいドレスを着た女性がドカドカと小走りでやって来た。

 女性は部屋に入るや否や、目に入ったシリル様に眉を吊り上げる。

「お前たち何者だ! ここは私の王の部屋ぞ!」

『私の王』そう話すこの人は王妃様なのだろうか?

 けれど、その見た目はとても王妃様とは思えなかった。

 女性が、その膨よかな体に纏っているのは、透けそうなほど薄い真紅のドレス。
 胸元はこれ以上ないほど大きく開き、首から下がる重そうな薔薇色の大きな宝石が、胸の谷間で不気味な輝きを放っている。

 慌てて駆けつけたのだろう、乱れた髪を煩わしそうに掻き上げるその手には、これまた大きな宝石のついた指輪が、幾つも着けられている。

 メリーナとさほど変わらない歳に見えるが、この人が王妃様だとすれば、六十歳ほどの年齢になるはずだ。


 シリル様は女性を見据え、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、マフガルド王国第三王子シリル・ドフラクス・マフガルド。父上となられるアレクサンドル様にご挨拶に伺った」

 女性はシリル様を訝しげに見、ニヤリと笑みを浮かべる。

「こんな夜更けにか? あり得ぬな」

 女性はクククッと嗤笑する。

「人がおらぬ間に勝手に入りおって、やはり獣よのぉ……王を攫いにでも来たか?」

「……攫う?」

 シリル様が目を顰める。

「それは美しいだろう? 欲しがる者がたまに入り込むのよ。……しかし、お前たちは違う様だな……」

 女性はぐるりと私達を見回し、腰に手を当て口角を上げた。

「その女を返しにでも来たのか? せっかく獣人が好む小さい女を寄越してやったのに……気に入らなかったのか? それともお前には小さすぎて、使い物にならなかったのか?」

 その女性はシリル様の体を舐める様に見て、嘲笑した。

「何を……」

 シリル様は苛立ったように一度尻尾を強く叩く。
 横で聞いていたラビー姉様が、柳眉を逆立てる。

「あなたこそ、どちら様?」

 ラビー姉様の挑発的な物言いに、女性は青筋を立てて怒った。

「私は、この国の王妃、ジョゼフィーヌ・ル・リフテスだ! 無礼者!」

 眉を吊り上げる王妃を、背の高いラビー姉様はワザと見下ろす様にして話す。

「あら、そうでしたか。これは失礼を致しました。その様な衣装を身に纏っていらしたので、娼館からいらしている方だと思いましたの。てっきり年増の娼婦かと……王妃様とは思いも寄りませんでしたわ」

「…………!」

 王妃の顔が怒りで真っ赤になった。


 慌てて、ルシファ様がラビー姉様の肩を引く。

「ラビー、下手に挑発しないで」
「だってこの人、シリルとリラを馬鹿にしたのよ、許せないわ!」
「気持ちは分かるから」

 ルシファ様は、ラビー姉様を後ろ手に隠す様にした。


 しかし、既に王妃の怒りは頂点へ達し、その顔は醜く歪み、拳がワナワナと震えていた。

「無礼者めが! この侵入者達を全て捕らえよ! 抵抗すべき者は命を落としてもかまわん!」

 王妃の命令で、それまで微動だにせず直立していた兵達が、剣を構え一斉に動き出した。

「もう、ラビーって昔から、いつもこうなんだよね」
「だって!」

 メイナード様がクスリと笑いながら指を回し、襲いかかる兵たちを壁に押さえ張りつける。
 ラビー姉様も魔法を繰り出し、兵の体に輪を嵌めて動けないようにしていく。
 ルシファ様も兵達の剣を取り上げては、次々と縛りあげていった。

 同じ様に迫り来る兵に向け、シリル様も呪文を唱え動けない様に縛っていく。

 しかし、彼等はようやく全ての力を取り戻したばかり。
 魔法というのは誰でもすぐに使いこなせる訳ではないらしく、先程メリーナから人に対する魔法を教えてもらったばかりの皆には、まだ難しいようだった。

 その上、シリル様以外は人と戦った事はない。

 お父様の元へ向かおうとしたメリーナも、シリル様達と一緒になり兵達を捕らえた。
 しかし何十人と捕らえても、何処からともなく兵達は湧き出てくる。
 皆は、次々と現れる兵達に対応するのがやっとだった。


 その隙をついて、寝台の下へ王妃がやって来て、真っ赤に塗られた長い爪の手をお父様へと差し出し掴もうとした。

「やめて! お父様に触らないで!」

 咄嗟に駆け寄り、その手を振り払った私に対し、王妃が奇声をあげる。

「キーーッ! あの女と同じ顔をしおって! お前こそ触るなっ!」

 逆上し叫びながら、王妃が私に襲いかかって来た。

 王妃は私の頭を目掛け掴みかかって来る。

「嫌っ!」

 その時、目の前に来た王妃の胸の宝石が、強い光を放った。

「…………!」

 その瞬間、私の周りは真っ白な空間へと変わる。


 ーーーー何?
 ……これ……


 視界はすべて濃い霧に包まれているように、何も見えない。
 周りの喧騒も、何一つ聞こえない。


『…………捕まえた』

 知らない声が耳に入る。

 その後すぐに、視界は元に戻った。
 時間的には、ほんのひと時だった様だ。


 目の前にいる王妃が、上手くいったとばかりに口角を上げ、私から距離を置く。

「止めて」

 そう私が声に出すと、シリル様達へと襲いかかっていた兵達がピタリと動きを止めた。

「えっ……リラ?」

 驚いた顔をしてメリーナが私を見る。

「シリル様、メリーナ……みんなも、もう止めて。兵達が可哀想だわ、それに……ジョゼフィーヌ王妃様に逆らったりしないで」

 私の口からは、思ってもいない言葉が出て行く。

「悪いことをしているのは私達よ」

 突然そんな事を言い出した私に、シリル様達は喫驚していた。
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