ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

未来へ

 話を終えたメリーナは、解毒薬を蝋燭の明かりにかざし微笑んだ。

「これは本物ね」

『当たり前だ。私は嘘はつかない』

 目を閉じていた白い男が、箱の中から口を出す。


「……悪い奴のくせに」

 白い男をチラリと見たメリーナは、唇を尖らせた。

 お父様はメリーナを見上げ、まだ信じられないと不安げに瞳を揺らす。

「メリーナ、それでは……」

 メリーナは満面の笑みをお父様に向け、優しく告げた。

「アレクサンドル様、もう一度マーガレットと会えます」

 その言葉に、お父様の目からまたポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「ありがとう……ありがとうメリーナ、リラ、シリル王子様……皆、私の為に……ありがとう……」

 お父様は何度も何度も皆に感謝を述べた。

 ブノア大臣は「良かった良かった」と大泣きし、騎士達も目頭を押さえていた。
 もう一人いた身形の良い男の人は、リフテス王国の宰相様だった。
 宰相様は床に平伏し、何一つ力になれなかったとお父様に詫びながら、泣いていた。




 
 何一つ出来なかったと泣いた宰相は、リフテス王国三大公爵の一人でもあるシェバリエ公爵。
 彼は、前王の友人でもあった。

 シェバリエ公爵は以前からデフライト公爵を怪しんでいた。デフライト公爵は金属を扱う事業を行っており、武器などの製造にも携わっていた。
 しかし、それだけでは到底有り得ない程の、莫大な巨利を得ていた。
 それだけではなく、デフライト公爵は人を意のままに操れる、そしていずれリフテス王国はデフライト公爵が率いていくのだという噂も流れていた。

 宰相は表向きは公爵と親しい人物を演じながら、その動きを探っていた。

 そんな中、リフテス王が亡くなり、アレクサンドル様とジョゼフィーヌとの結婚の話が決まってしまった。宰相は一度は反対したものの、完全に阻止する事は出来なかった。
 その時既に、デフライト公爵とシェバリエ公爵には、雲泥の力の差があり、臣下の殆どがデフライト公爵の下についていた。
 宰相といえど、意見を通す事は叶わなかった。

 それに下手に逆らい、噂にあるように操られてしまう訳にはいかなかったのだ。


 ひと月程前、リフテス王国は突然の降伏宣言をしている。
 事を運んだのは、宰相だった。

 マーガレット様が亡くなり、アレクサンドル様が眠らされたその日、王妃がリラ様を殺めようと計画しているのを耳にした宰相は、マフガルド王国へ貢ぎ物とすればどうかと提案したのだ。

『降伏宣言』をし、降伏のその証として王女を送れば、あちら側から返す事はないと告げ、獣人は小さい女が好きだが、気に入らなければ食べるらしいと、嘘をおり混ぜ話して聞かせると、王妃は大層喜んだ。

 リラを殺す計画まで立てるほど排除したいと考えていた王妃は、すぐにマフガルド王国への降伏を認めた。

 ちょうどこの頃、争いによって富を得ていたデフライト公爵の事業が、上手くいかなくなっていた事も幸いした。

 最近では、長く続く戦いは冷戦となりつつあった。同じ環境に長くいれば人は慣れてしまうものだ。それはどんな場所でも同じ、そうなれば意欲は失われる。

 宰相はデフライト公爵へ『一旦争いを止め、人々が退屈な日常に飽きた頃、また争いを始めれば意欲を取り戻し武器をとる。公爵の事業も回復をする』と告げた。
 そして、その時が来たら降伏宣言は撤回すればよいのだと提案した。

 咄嗟に思いついた余りにも稚拙な話である。上手く行くとは思わなかったが、デフライト公爵はその提案をのんだ。

 デフライト公爵が受け入れた事により、彼の下にいた臣下全員の賛同を手に入れる事が出来、降伏宣言の決定が思いもよらぬ速さで決まる。

 宰相はすぐにマフガルド王国へ降伏宣言を出し、それと同時に王女を送ると伝えた。

 だがここで、少し困った事が起きた。
 マフガルド王国が王女は不要と伝えてきたのだ。宰相はどうしても貰って欲しいと頼み込み、なんとか受けてもらった。

 その後目覚めたアレクサンドル様が、何者かに操られてしまっているという予定外の事が起きたが、とりあえずリラ様を王妃の目の届く場所から逃す事は出来た……と宰相は安堵していた。
 まさか王妃がリラ様に監視まで付け、暗殺者まで送っているとは、気が付かなかった。





『白い男』をシリル様達に任せて、宰相と騎士達は、夜明けを待ってデフライト公爵を捕らえるために屋敷へと向かった。

 前王の暗殺と現王に対する数々の罪を償わせるために、一族郎党処刑とすると勇み向かったのだが、デフライト公爵は既に、何者かによって殺められていた後だった。
 公爵家にいた者達も、全て惨殺されていた。
 そのあまりにも凄惨な光景は、戦場に出向いた事のある者達ですら、目を背けるほどだった。

 デフライト公爵と関わっていた貴族達の下へも向かったが、どこに行っても惨憺たる情景が繰り広げられた。

『白い男』の子を、王の子供だと偽りながら城の中でのさばり暮らしていた側室達を、捕らえに向かった宰相達だったが、側室達もまた、一人残らず殺められていた後だった。

 宰相達は、王子、王女達の下へも急行した。
 だが、彼等はどこを探しても見つからなかった。
それぞれの部屋の中には、まるで中の人物だけが消えてしまった、抜け殻の様な形の服だけが残されていたのだ。
 誰かに殺められた形跡も、攫われた様な跡もなく、その場から忽然と居なくなったかの様な、本当に不思議な光景だった。

 宰相は、デフライト公爵や貴族、側室達を惨殺した者と、消えた王子や王女達の真相を知る為に、箱に入る『白い男』に仕方なく尋ねた。

「……お前が全てやったのか⁈」

 白い男は目を開けて宰相を見ると、少しだけ口角を上げ
『神を騙そうとした者が報いを受けたのだ』と話、再び目を閉じた。





 宰相様達がデフライト公爵を捕らえに行った頃。

 私とシリル様、メリーナとお父様、そして護衛の騎士達は、空き家にいたラビー姉様達と一緒に、母さんの眠る墓地へと向かった。

 母さんの墓石の前にメリーナが立ち、皆が見守る中、スッと両手を上げる。

 地表が割れ土の中から棺が出てきた。
 棺の蓋が開くと、そこには埋葬をしたあの日のままの、美しい姿の母さんが眠っていた。

「母さん……」

 私は、棺の中に眠っている母さんの手をとり握る。
 母さんの手は嘘みたいに冷たくて、思わずメリーナを見上げた。

「……本当に目覚めるの?」
「もちろんよ」

 メリーナは微笑みながら、母さんの髪を優しく撫でる。

「マーガレット、アレクサンドル様も来てくれたのよ、良かったわね。さぁ、アレクサンドル様、マーガレットの横に来てくださいませんか?」

 メリーナに言われ、お父様は棺の横に座った。

 母さんに手を伸ばそうとしたお父様は、ハッとした顔をして、私を見る。
 自身も長い間囚われていたのに、長い間母さんや私を放って置く結果になってしまったことを、お父様はとても後悔していた。

 ここへと来る馬車の中で、ずっとその事を私とメリーナに謝っていた。

 お父様の瞳が不安げに揺れている。

「リラ……私もマーガレットに触れる事を許してくれる?」
「お父様、もちろんです」

 笑顔でそう答えると、お父様は涙目になってしまった。
 メリーナが話していた通り、お父様はよく泣く人みたい。

「お父様、泣かないで下さい」
「ごめんね、お父様と呼んでもらえる事が嬉しくて……」

 涙を流しながら微笑むお父様。
 私は握っていた母さんの手をお父様に手渡すと、シリル様の横に並んだ。

「王様……やっぱり美人……」
 メイナード様がポツリと呟く。
 ラビー姉様もルシファ様も頷いている。

「ぐっ……なんてことだ、三人とも可愛い……いや、一番はリラだが……」
 シリル様は尻尾をぐるぐる回していた。

 お父様は母さんの手の甲にキスを落とすと、そっと下ろし、今度は頬に手を添えた。

「マーガレット」

 とても愛しそうに名前を呼ぶ。

「アレクサンドル様、お願いします」

 メリーナが解毒薬をお父様に渡し、時を動かしたらすぐに飲ませて下さいと告げた。

 それからすぐに呪文を唱えはじめる。

 途中、お父様に解毒薬を飲ませるように合図を送った。
 それを受け、お父様は解毒薬を口に含み、母さんに口移す。

 ただ解毒薬を口移しているだけなのに、思わず見惚れてしまうほど美しい二人。

 その姿を見ていたメイナード様が、指をクルクルと回し、魔法で色とりどりの花びらを散らした。
 そこにラビー姉様が風を起こし、ルシファ様まで地表に色とりどりの花を咲かせた。

 墓地はまるで美しい花園の様になった。

 フワリとお父様の黄金の髪と花びらが舞い上がる。

 魔法の花びらは陽の光を受けキラキラと輝く。
 幻想的で美しい光景に、回りで警護していた騎士達からもため息が漏れた。


「マーガレット……」

 唇を離したお父様が名前を呼ぶと、母さんの目がゆっくりと開かれる。

 母さんは目の前にいるお父様を見て、驚いたように瞬きを繰り返した。

「……やだ、私死んじゃったのね……天国かしら、アレクそっくりの天使がいるわ……」

 そう話す母さんに、お父様は泣きそうな笑顔を見せた。

「私は天使じゃないよ、マーガレット……」

 抜けるような青空の下、色とりどりの花びらが風に舞っている。
 目覚めたばかりの母さんが、ここを天国だと勘違いしてもおかしくはないぐらい美しい。

「マーガレット」
「アレク」

 お父様は嬉しそうに微笑んで、母さんを抱きしめる。
 その腕に抱きしめられた母さんは、今までに見たことのないぐらい嬉しそうな笑みを浮かべて、涙を流した。


 幸福に満ち溢れるアレクサンドル王の笑顔は、これからのリフテス王国の明るい未来を表しているようだった。
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