ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

淡い月の夜

 執務室を出た私は、城の中をあてもなく歩いていた。

 どうしたらいいのか分からない。

 最初は、メリーナを助ける為にリフテス王国へ戻って来ただけだった。

 助け出した後は、皆でマフガルド王国へ帰って、私とシリル様は結婚式を挙げるはずだった。


 けれど……出来なくなっちゃった。

 私が、世継ぎになったから……なってしまったから……。

 シリル様……。

『宿命』で、こうなる事も決まっていたのでしょうか。

 中庭に面した廊下に出ると、ルシファ様が一人で佇んでいた。

 いつもならラビー姉様かメイナード様が側にいるのに、どうしたんだろう?

「やぁ、リラ様」
「ルシファ様……」

 ルシファ様はニッコリと笑い、黄金色の尻尾をファサリと揺らす。

「僕達、明日帰ることになったんだ」

 改めて聞くと悲しくて、涙を堪えてコクリと頷いた。
 そんな私を見て、ルシファ様は優しく微笑む。

「リラ様、もしかしてシリル兄さんを探している?」
「……あ、その……」


 シリル様とは昼に城に戻って以降、会っていなかった。

「シリル兄さんは今、ほらあそこにいる」

 そう言ってルシファ様が指を差した場所は、城の屋根の上。


「リラ様、行ってあげてよ」
「えっ、あんな高い場所……行きたいけど私には無理です」

 シリル様は屋根の端に座り、月を見上げている様に見える。

 ルシファ様はなんだか楽しそうに、尻尾を振りながら、私にスッと近づいた。

「僕ね、変化の魔法かなり上手く使える様になったんだよ」
「?」

「だからね」
 そう言って、ルシファ様は私の頭に手を翳す。

「耳と尻尾は髪の色と同じになるからね」

 耳と尻尾⁈

 キラキラと私の回りを金色の光が包み込む。
 フワリと一瞬体が浮いた様な気持ちがした。

「はい、上手くいったよ……って、リラ様……すごく可愛いよ……。うわぁ、シリル兄さん大丈夫かなぁ」

「見てごらん」とルシファ様に促され、近くにある窓ガラスを見た。

 そこに映る私の頭上には、金色の三角の獣耳が、そしてシリル様達と同じような、長くもふもふした尻尾がついていた。

「これって……!」

 獣人! 私獣人になってる!

 嬉しくて、パタパタと勝手に動いちゃう私の尻尾。

 それを見て、笑みを浮かべたルシファ様が、自分の尻尾をパサパサと動かして見せながら

「少しだけ集中してみて、思うように動かせるから」と教えてくれた。
「はい!」

 言われたように、少し集中してみると獣耳も尻尾も動かす事が出来た。

「ありがとうございます! ルシファ様! すごく嬉しい!」
「シリル兄さんの所へ行ってくれる?」
「はい! 行って来ます」

 ルシファ様にお礼を言って、すぐにシリル様の下へ向かった。


 すごい、なんだかいつもより体が軽く感じる。
階段を駆け上がり、シリル様のいる屋根の上まであっという間に辿り着いた。

 そっと彼に気づかれない様に近づく。
 でも…………。

 ファサファサッと尻尾が揺れ音がした。

 む、難しいっ! さっき教えてもらったけど、上手くいかない。

 尻尾ってこんなに感情に反応しちゃうの⁈

 シリル様に近づく度に嬉しくて、尻尾がどうしても揺れちゃう。

 ファサファサ

 音に気がついたシリル様が振り向いた。

「…………リラ?」

 私を見て目を見開くシリル様。


 バサバサバサバサ


 シリル様……尻尾振りすぎです。

 でも、喜んで振ってくれていると分かる今はとても嬉しい。

「シリル様、あのね、ルシファ様が魔法をかけてくれたの」

「リラ、可愛い……可愛いすぎる」

 シリル様はその場で項垂れた。

「……あの? どうかしましたか?」

 急に具合でも悪くなったんだろうか?
 獣耳も尻尾も垂れ下がっている。

「諦めるなんて無理だ……」
「えっ?」

 諦める?

「リラ」

「はい、シリル様」

「俺は必ず君と結婚する。なんとしてもだ。だから待っていてくれないか?」

 シリル様の黄金の瞳が不安げに揺れていた。

「はい、ずっと待っています」

 私は微笑んで、尻尾を揺らして見せる。

 それを見て少し安心した様にシリル様は笑った。

「ああ、頼む」


 それから、一緒に月を眺めようと誘われ、さっきシリル様が座っていた場所へ腰を下ろした。

「怖くはないか?」
「はい、シリル様が一緒だから怖くありません」

 私達は二人並んで座り、淡い光を放つ月を眺めた。


 ……これは……チャンスなのでは?


 尻尾を持った私には、やってみたい事がある。
 ずっと、私には出来ないと思っていたあの事。

 私は月を見ながら尻尾を動かして、何とかシリル様の尻尾に絡めた。

 ……うわぁ、これちょっと恥ずかしい……。
 思っていたより体温を感じる。
 それに……。

(これって……まるで尻尾でキスしているみたい)


 そう思った瞬間、シリル様が驚いた顔で私を見た。

 あれ?
 これって恋人同士がする事じゃないの?

「リラ、これ……」

 グッと今度は、シリル様の方から尻尾を絡める。

 それから彼はクスリと笑い、甘く掠れた声で私の獣耳に囁いた。

「誘ってる?」
「えっ? 誘う?」

 シリル様は私の頭を撫で、そのまま顔を寄せる。

 次の瞬間、私の唇にシリル様の唇が重なった。

 えっ、キス⁈

 一旦唇を離し、月よりも美しい黄金の目で、私を甘く見つめるシリル様。

「どう? 牙は痛い?」
「……分からない……」

 フッと笑うシリル様の口元から、白い牙がこぼれ見える。

 獣人のように獣耳や尻尾をつけてもらっているけれど、私の口には牙はない。

「じゃあ、もう一度」

 甘く囁くシリル様は、少し深い口づけを落とす。
 それは一度だけじゃなく……。

 互いの尻尾を絡ませながら、私とシリル様は何度も何度も甘い口づけを交わしあった。

(シリル様、大好きです……)

 淡い月が、私達を優しく見守る様に照らしていた。







「やってるねー! シリルもようやくキスできたね。よかった、よかった」

 赤い瞳を煌めかせ、空を見上げるメイナード。

 先程ルシファがいた場所に、ラビーとメイナードも集まり、三人は微笑みながらキスを交わす二人を見守っていた。

 リラに尻尾をつけてやろうと提案したのはメイナードだった。

 メイナードは、カダル山賊達との宴の夜、ルシファとラビーが尻尾を絡めている姿を、リラが羨ましそうに見ている事に気づいていたのだ。

 それに、シリルも……。


 皆は明日の朝にはリフテス城を出て、マフガルド王国へと帰る事になっている。

 リラとしばらく会えなくなる、そう思うと寂しい三人だった。
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