ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
もしかして
シリル様と会えない日々は続いている。
もう四ヶ月が過ぎてしまった。
会いたい……シリル様……。
マフガルド王ゼビオス陛下は、あれから何度も転移魔法を使い、お父様の下を訪ねて来られている。
あの時捕まえた『白い男』は、シリル様達が魔法で作った塔に封じ込めることが出来た、と話された。
あれから『クラッシュ』の話も聞くことはなく、両国は平和な日々を過ごしている。
◇
今日もまた、お父様を訪ねてゼビオス王が、来られている。
ゼビオス王は黄金の目をキラリと輝かせ、私を見た。
「シリルはどうしているのか聞きたいと思っているが、聞いてもいいのか、と考えているのだろう?」
「えっ」思わず声に出すと、リラは相変わらず分かりやすいと笑われてしまった。
「リラの素直な所は美点であるが、王女なのだからもう少し、感情を人から悟られぬ様になった方がよいな」
ガハハと笑いながら、ゼビオス王はシリル様の事を教えてくれた。
シリル様は相変わらず転移魔法が上手くいかず焦っているらしい。
(魔法は使えないから分からないけれど、シリル様が上手く出来ないと言う事は、かなり難しいのね……)
「あれは感情をあちこちにやり過ぎなのだ。コツさえ掴めばなんて事はない。ちなみに、他の王子達も誰一人としてまともに出来ておらん」
シリル様と会えるのは、もう少し先になりそうだ。
そんな話をした一週間後。
「ねぇリラ、これをルルにあげて来てくれない」
「何? これ……?」
突然メリーナから手渡された物は、長い草の束だった。
「これはね、マフガルド王国に生える栄養価の高い草なの。さっき、シリルから送られて来たんだけど私、用事があるのよ。だからお願いね」
「はい」
……珍しい。
シリル様は愛馬ルルの下へなら、転移魔法で物を送れる。そう、『物』は転移できるのだ。
ただ、本人が来れないだけらしい。
いつもならこういった食べ物は、直接ルルの下へ送るのに、なぜ今日はメリーナに送ったのかしら?
ん? メリーナにも送れるの?
いろいろな事を考えながら、私は頼まれた草を持ち、厩舎へと向かった。
「ルルーッ」
名前を呼びながら扉を開ける。
「…………」
ルルの側に、シリル様が立っていた。
「リラ!」
ピンと立った漆黒の獣耳、優しい笑みを浮かべるシリル様は、あの晩餐の夜と同じ、黒地に金の刺繍の服を着ている。
ファサファサと揺らされるもふもふの尻尾。
「……どうして?」
会えて嬉しいのに、どうしてここにいるんだろうとか、転移魔法出来るようになったの? とか何で私は草を持っているの? などと考えた私の頭の中はめちゃくちゃで、上手く言葉にならなかった。
驚いて立ち止まる私の下へ、シリル様が歩み寄る。
……それはまるで、あの晩餐の夜の再現のよう。
「やっと、まともに転移魔法が使える様になったんだ。待たせてすまない…………リラ?」
なぜだか目頭が熱くなってきた。
「……ルルの下へ?」
「ああ、まだルルの下だけ、その……もう少しリラとも深く繋がれば……君の下へいける様になるんだが……」
「深く繋がる?」
「……ああ……その……あれだ……」
少し言いにくそうに言葉を濁し、頬を染めたシリル様は、急に私の前に跪き俯いた。
「シリル様?」
ずっと俯いたままでいる彼は、初めて会ったあの日の私の様だ。
「シリル様、顔を上げてください」
そう言うとやっと顔を上げてくれた。
シリル様の黄金の目は煌めきを放ち、真っ直ぐに私を見つめる。
「リラ・ル・リフテス王女」
シリル様の、少し低い掠れた優しい声が私の名前を呼ぶ。
「はい」
「私、シリル・ドフラクス・マフガルドはこの命の限り、あなたを愛し幸せにすると約束します。どうか私と結婚して下さい」
……えっ?
だって、えっ? プロポーズ?
「リラ?」
「……はい、はい! もちろんです。シリル様っ‼︎ 私と結婚して下さい!」
私はそのまま、跪いているシリル様の頭を抱きしめた。
「ぐっ……リラッ! うわっ! リラッ、ちょっちょっと!」
ギュッとシリル様の頭に胸を押さえつけて抱き抱えていると、シリル様がプルプルと震えだし、尻尾はピンと伸びた。
どうしたんだろう?
……あっ! 押さえつけてしまったから!
「シリル様、痛かったですか⁈」
慌てて離れようとする私の手を、シリル様は握る。
その顔は真っ赤になっていた。
……苦しかったんだ……。
「……リラ、こういうことは夜にしよう。それにここは厩舎だ、初めてがここではさすがに……はっ、まさか……本当にリフテス人は厩舎で」
「えっ?」
その時、パシッ! とシリル様の背中が叩かれた。
国からほとんど出ることのないデュオ様が、いつの間にかシリルの後ろに立ち、呆れ顔で見下ろしている。
「そんな訳ないでしょ? シリル兄さん何言ってるんだよ」
「デュオ、お前も来たのか……」
「デュオ様……」
「シリル兄さん一人じゃ歯止めが効かなくなるからって、モリーに行くように頼まれたんだよ。結婚式が終わるまでは我慢しろってさ」
「モリー……」
◇
その日から、シリル様はほぼ毎日転移魔法を使い、リフテス王国を訪れてくれた。
彼は、結婚式を挙げる一週間前までは、マフガルド王国で公務に携わることになっている。その為、いつも来るのは夕方だった。
一緒にご飯を食べて……それからシリル様が帰るまで側にいる。
話をしたり、私の分からない事を教えてくれたり……時々はキスをしたり……。
寝る時には帰ってしまうシリル様。
寂しく思い、泊まっていって朝に帰る事は出来ないのかと尋ねると、モリーさんから結婚式が終わるまで、キス以上はダメと言われているから、泊まることはできないと言われてしまった。
(どうして? キス以上はダメだと泊まれないのかな?……以前は一緒に寝ていたのに……)
「リラ、俺にも理性の限界がある」
シリル様は、凄く真剣な表情で私に言った。
「……はい」
理性の限界? なんだろう……?
◇
そしてさらに二ヶ月が過ぎた。
私達の結婚式を明日に控えたその日、朝からたくさんのお客様がリフテス王国を訪れた。
転移魔法が使える方達は、城の広間に現れ、転移魔法が使えない王子様達や、ラビッツ公爵家の皆様方、モリーさんやマフガルド城の皆も、馬車を連ねて来てくれた。
カダル山賊の皆、バーナビーさん家族、お母様の実の両親と、初めて会う叔父さんまで、とにかくたくさんの人々が集まった。
お客様を、シリル様と一緒にお迎えしていると、一台の馬車から王子様達が降りて来られた。
第四王子ノルディ様が、疲れたー、と腕を回す。
「転移魔法が使えればいいんだけどなぁ、俺未だに裸になるし」
うーんと伸びをする、第七王子ヨシュア様。
「そう、僕もまだ裸だよ」
第八王子ハリア様は唇を尖らせ「転移出来るだけいいじゃないか、僕なんてまだ物だけだよ」と話した。
(…………裸?)
何の事だろうと話を聞いている私に、ハリア様がニッコリと笑う。
「リラ様知ってた? 転移魔法って、何故か最初みんな全裸なんだよ! 服だけその場に残されるの。繋がりがないと転移出来ないからってさ、僕の所に何度も兄さん達が転移して来て、その度に裸を見せられてウンザリしたよ~っ!
シリル兄さんなんて服を着たままの転移が出来るまで、一日に十回は現れて来てさぁ、もう目に焼き付いちゃうんじゃないかってぐらい見せられたんだよ? 確かに体は鍛えられているからいいかもしれな」
「ハリア、そこまでだ」
話をするハリア様の口を、顔を赤らめたシリル様が手で塞ぐ。
どうやら、シリル様は全裸で転移していた事を、私に知られたくなかったみたいだ。
(そうか……全裸……)
◇
結婚式が行われる日は、晴天に恵まれた。
メイナード様と王子様達は魔法で、王都中にキラキラと輝く不思議な花びらを舞い散らしてくれた。
ベレンジャーさんは、いくつもの花火を青空に打ち上げる。
王都はまるでお祭りのように人々が溢れ、たくさんの屋台まで出ているらしい。
マフガルド王国のみならず、各国から多くのお客様が訪れて、国が活気に満ち溢れていると、さっきまでバルコニーから外を眺めていたお父様とお母様が嬉しそうに話をしてくれた。
いいな……私も見てみたい。
けれど、今日の主役は私とシリル様。
支度をしなくてはならない。
ドキドキしながら袖を通した純白のドレス。
この晴れの日に私が着るウエディングドレスは、ラビー姉様がデザインしてくれたものだ。
「よく似合うわ! シリル、我慢できるかしら」
裾を直しながら、鏡越しにウインクをするラビー姉様。
モリーさんが丁寧に結い上げてくれた髪に、リフテス城の侍女がティアラをのせてくれた。
その他のアクセサリーは、全てシリル様から贈られた物を着ける。
耳には、星の形の花を模した金の耳飾り。首には何連もの細い金で編み上げたネックレス。
指には、シリル様とお揃いの番のリングをはめている。
この番のリングは、シリル様が毎日魔法を練り上げ、私をイメージして作り上げていたと、モリーさんが教えてくれた。
支度が終わった頃、コンコンと扉が叩かれた。
「シリル様どうぞお入りください」
モリーさんはそう言って、扉を開ける。
「リラ、支度はでき……」
純白のタキシードを着たシリル様が、私を見てハッと声を呑んだ。
「綺麗だ……とても……とても綺麗だよ」
愛しげに細められたシリル様の黄金の目。
「ありがとうございます」
初めて会った時は、怖いと思ったその目に、今は見つめて貰えることを、こんなにも嬉しいと思えるようになるなんて、あの時の私に想像出来ただろうか。
シリル様は私にスッと近寄り手を取ると、番のリングにキスを落とした。
「リラ」
シリル様は私を抱くと、漆黒の尻尾を腰に巻き付けた。まるで、純白のドレスのアクセントの様だ。
◇
大聖堂の扉の前で、私達は式が始まるのを並び待っていた。
すぐ横にある彼の端正な顔を見上げながら、私は胸の中で呟いた。
(シリル様、大好きです)
まるでその声が聞こえた様にシリル様は私を見て、フッと笑みを浮かべる。
「俺も、リラが大好きだよ」
(…………ん?)
「私、今声を出していましたか?」
ハッと目を見開くシリル様。
「そうだ、リラ、実は言わなければと」
言いかけたシリル様の声を遮って、入場を促す声がする。
「シリル・ドフラクス・マフガルド殿下」
「リラ・ル・リフテス殿下」
大きな声で私達の名前が呼ばれると、ゴオーーン、ゴオーーンと鐘の音が鳴り響いた。
ゆっくりと、リフテス王国大聖堂の大きな扉が開かれていく。
真紅の細い絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その奥に嬉しそうに笑みを浮かべた両国の王族が並んでいる。
左右には、たくさんの人々が私達を祝福の拍手で迎えてくれている。
その中を、シリル様と私はゆっくりと歩きだした。
彼とともに歩きながら、私は考えていた。
さっき、シリル様が言おうとしていたのはなんだろう?
もしかして
…………あの事かな?
私は、腰に巻かれたもふもふの尻尾にそっと触れる。
(シリル様……もしかして、私の心の声は聞こえていますか?)
心の声で話しかけた途端、シリル様の尻尾がビクッと震えた。
「リラ……気づいて……?」
囁き声で話すシリル様の尻尾が、またフルッと震える。
私はクスッと笑い、その尻尾をそっと撫でた。
(愛しています、シリル様)
見上げて微笑むと、シリル様は足を止め、一度ギュッと目を閉じ、開いた。
「シリル様どうかしましたか?」
首を傾げて聞くと、シリル様はせつなげな目で私を見つめ獣耳を伏せる。
「リラ……ダメだ! もう我慢できない!」
「……ええっ⁈」
パチン、とシリル様が指を鳴らした次の瞬間、私達は祭壇の前に転移した。
突然の事に驚く神父様の目の前で、彼は誓いの言葉を早口で告げると、溶けてしまいそうなぐらい熱い誓いのキスをした。
その後、シリル様がモリーさんから怒られてしまったのは言うまでもない……。
◇the end◇
もう四ヶ月が過ぎてしまった。
会いたい……シリル様……。
マフガルド王ゼビオス陛下は、あれから何度も転移魔法を使い、お父様の下を訪ねて来られている。
あの時捕まえた『白い男』は、シリル様達が魔法で作った塔に封じ込めることが出来た、と話された。
あれから『クラッシュ』の話も聞くことはなく、両国は平和な日々を過ごしている。
◇
今日もまた、お父様を訪ねてゼビオス王が、来られている。
ゼビオス王は黄金の目をキラリと輝かせ、私を見た。
「シリルはどうしているのか聞きたいと思っているが、聞いてもいいのか、と考えているのだろう?」
「えっ」思わず声に出すと、リラは相変わらず分かりやすいと笑われてしまった。
「リラの素直な所は美点であるが、王女なのだからもう少し、感情を人から悟られぬ様になった方がよいな」
ガハハと笑いながら、ゼビオス王はシリル様の事を教えてくれた。
シリル様は相変わらず転移魔法が上手くいかず焦っているらしい。
(魔法は使えないから分からないけれど、シリル様が上手く出来ないと言う事は、かなり難しいのね……)
「あれは感情をあちこちにやり過ぎなのだ。コツさえ掴めばなんて事はない。ちなみに、他の王子達も誰一人としてまともに出来ておらん」
シリル様と会えるのは、もう少し先になりそうだ。
そんな話をした一週間後。
「ねぇリラ、これをルルにあげて来てくれない」
「何? これ……?」
突然メリーナから手渡された物は、長い草の束だった。
「これはね、マフガルド王国に生える栄養価の高い草なの。さっき、シリルから送られて来たんだけど私、用事があるのよ。だからお願いね」
「はい」
……珍しい。
シリル様は愛馬ルルの下へなら、転移魔法で物を送れる。そう、『物』は転移できるのだ。
ただ、本人が来れないだけらしい。
いつもならこういった食べ物は、直接ルルの下へ送るのに、なぜ今日はメリーナに送ったのかしら?
ん? メリーナにも送れるの?
いろいろな事を考えながら、私は頼まれた草を持ち、厩舎へと向かった。
「ルルーッ」
名前を呼びながら扉を開ける。
「…………」
ルルの側に、シリル様が立っていた。
「リラ!」
ピンと立った漆黒の獣耳、優しい笑みを浮かべるシリル様は、あの晩餐の夜と同じ、黒地に金の刺繍の服を着ている。
ファサファサと揺らされるもふもふの尻尾。
「……どうして?」
会えて嬉しいのに、どうしてここにいるんだろうとか、転移魔法出来るようになったの? とか何で私は草を持っているの? などと考えた私の頭の中はめちゃくちゃで、上手く言葉にならなかった。
驚いて立ち止まる私の下へ、シリル様が歩み寄る。
……それはまるで、あの晩餐の夜の再現のよう。
「やっと、まともに転移魔法が使える様になったんだ。待たせてすまない…………リラ?」
なぜだか目頭が熱くなってきた。
「……ルルの下へ?」
「ああ、まだルルの下だけ、その……もう少しリラとも深く繋がれば……君の下へいける様になるんだが……」
「深く繋がる?」
「……ああ……その……あれだ……」
少し言いにくそうに言葉を濁し、頬を染めたシリル様は、急に私の前に跪き俯いた。
「シリル様?」
ずっと俯いたままでいる彼は、初めて会ったあの日の私の様だ。
「シリル様、顔を上げてください」
そう言うとやっと顔を上げてくれた。
シリル様の黄金の目は煌めきを放ち、真っ直ぐに私を見つめる。
「リラ・ル・リフテス王女」
シリル様の、少し低い掠れた優しい声が私の名前を呼ぶ。
「はい」
「私、シリル・ドフラクス・マフガルドはこの命の限り、あなたを愛し幸せにすると約束します。どうか私と結婚して下さい」
……えっ?
だって、えっ? プロポーズ?
「リラ?」
「……はい、はい! もちろんです。シリル様っ‼︎ 私と結婚して下さい!」
私はそのまま、跪いているシリル様の頭を抱きしめた。
「ぐっ……リラッ! うわっ! リラッ、ちょっちょっと!」
ギュッとシリル様の頭に胸を押さえつけて抱き抱えていると、シリル様がプルプルと震えだし、尻尾はピンと伸びた。
どうしたんだろう?
……あっ! 押さえつけてしまったから!
「シリル様、痛かったですか⁈」
慌てて離れようとする私の手を、シリル様は握る。
その顔は真っ赤になっていた。
……苦しかったんだ……。
「……リラ、こういうことは夜にしよう。それにここは厩舎だ、初めてがここではさすがに……はっ、まさか……本当にリフテス人は厩舎で」
「えっ?」
その時、パシッ! とシリル様の背中が叩かれた。
国からほとんど出ることのないデュオ様が、いつの間にかシリルの後ろに立ち、呆れ顔で見下ろしている。
「そんな訳ないでしょ? シリル兄さん何言ってるんだよ」
「デュオ、お前も来たのか……」
「デュオ様……」
「シリル兄さん一人じゃ歯止めが効かなくなるからって、モリーに行くように頼まれたんだよ。結婚式が終わるまでは我慢しろってさ」
「モリー……」
◇
その日から、シリル様はほぼ毎日転移魔法を使い、リフテス王国を訪れてくれた。
彼は、結婚式を挙げる一週間前までは、マフガルド王国で公務に携わることになっている。その為、いつも来るのは夕方だった。
一緒にご飯を食べて……それからシリル様が帰るまで側にいる。
話をしたり、私の分からない事を教えてくれたり……時々はキスをしたり……。
寝る時には帰ってしまうシリル様。
寂しく思い、泊まっていって朝に帰る事は出来ないのかと尋ねると、モリーさんから結婚式が終わるまで、キス以上はダメと言われているから、泊まることはできないと言われてしまった。
(どうして? キス以上はダメだと泊まれないのかな?……以前は一緒に寝ていたのに……)
「リラ、俺にも理性の限界がある」
シリル様は、凄く真剣な表情で私に言った。
「……はい」
理性の限界? なんだろう……?
◇
そしてさらに二ヶ月が過ぎた。
私達の結婚式を明日に控えたその日、朝からたくさんのお客様がリフテス王国を訪れた。
転移魔法が使える方達は、城の広間に現れ、転移魔法が使えない王子様達や、ラビッツ公爵家の皆様方、モリーさんやマフガルド城の皆も、馬車を連ねて来てくれた。
カダル山賊の皆、バーナビーさん家族、お母様の実の両親と、初めて会う叔父さんまで、とにかくたくさんの人々が集まった。
お客様を、シリル様と一緒にお迎えしていると、一台の馬車から王子様達が降りて来られた。
第四王子ノルディ様が、疲れたー、と腕を回す。
「転移魔法が使えればいいんだけどなぁ、俺未だに裸になるし」
うーんと伸びをする、第七王子ヨシュア様。
「そう、僕もまだ裸だよ」
第八王子ハリア様は唇を尖らせ「転移出来るだけいいじゃないか、僕なんてまだ物だけだよ」と話した。
(…………裸?)
何の事だろうと話を聞いている私に、ハリア様がニッコリと笑う。
「リラ様知ってた? 転移魔法って、何故か最初みんな全裸なんだよ! 服だけその場に残されるの。繋がりがないと転移出来ないからってさ、僕の所に何度も兄さん達が転移して来て、その度に裸を見せられてウンザリしたよ~っ!
シリル兄さんなんて服を着たままの転移が出来るまで、一日に十回は現れて来てさぁ、もう目に焼き付いちゃうんじゃないかってぐらい見せられたんだよ? 確かに体は鍛えられているからいいかもしれな」
「ハリア、そこまでだ」
話をするハリア様の口を、顔を赤らめたシリル様が手で塞ぐ。
どうやら、シリル様は全裸で転移していた事を、私に知られたくなかったみたいだ。
(そうか……全裸……)
◇
結婚式が行われる日は、晴天に恵まれた。
メイナード様と王子様達は魔法で、王都中にキラキラと輝く不思議な花びらを舞い散らしてくれた。
ベレンジャーさんは、いくつもの花火を青空に打ち上げる。
王都はまるでお祭りのように人々が溢れ、たくさんの屋台まで出ているらしい。
マフガルド王国のみならず、各国から多くのお客様が訪れて、国が活気に満ち溢れていると、さっきまでバルコニーから外を眺めていたお父様とお母様が嬉しそうに話をしてくれた。
いいな……私も見てみたい。
けれど、今日の主役は私とシリル様。
支度をしなくてはならない。
ドキドキしながら袖を通した純白のドレス。
この晴れの日に私が着るウエディングドレスは、ラビー姉様がデザインしてくれたものだ。
「よく似合うわ! シリル、我慢できるかしら」
裾を直しながら、鏡越しにウインクをするラビー姉様。
モリーさんが丁寧に結い上げてくれた髪に、リフテス城の侍女がティアラをのせてくれた。
その他のアクセサリーは、全てシリル様から贈られた物を着ける。
耳には、星の形の花を模した金の耳飾り。首には何連もの細い金で編み上げたネックレス。
指には、シリル様とお揃いの番のリングをはめている。
この番のリングは、シリル様が毎日魔法を練り上げ、私をイメージして作り上げていたと、モリーさんが教えてくれた。
支度が終わった頃、コンコンと扉が叩かれた。
「シリル様どうぞお入りください」
モリーさんはそう言って、扉を開ける。
「リラ、支度はでき……」
純白のタキシードを着たシリル様が、私を見てハッと声を呑んだ。
「綺麗だ……とても……とても綺麗だよ」
愛しげに細められたシリル様の黄金の目。
「ありがとうございます」
初めて会った時は、怖いと思ったその目に、今は見つめて貰えることを、こんなにも嬉しいと思えるようになるなんて、あの時の私に想像出来ただろうか。
シリル様は私にスッと近寄り手を取ると、番のリングにキスを落とした。
「リラ」
シリル様は私を抱くと、漆黒の尻尾を腰に巻き付けた。まるで、純白のドレスのアクセントの様だ。
◇
大聖堂の扉の前で、私達は式が始まるのを並び待っていた。
すぐ横にある彼の端正な顔を見上げながら、私は胸の中で呟いた。
(シリル様、大好きです)
まるでその声が聞こえた様にシリル様は私を見て、フッと笑みを浮かべる。
「俺も、リラが大好きだよ」
(…………ん?)
「私、今声を出していましたか?」
ハッと目を見開くシリル様。
「そうだ、リラ、実は言わなければと」
言いかけたシリル様の声を遮って、入場を促す声がする。
「シリル・ドフラクス・マフガルド殿下」
「リラ・ル・リフテス殿下」
大きな声で私達の名前が呼ばれると、ゴオーーン、ゴオーーンと鐘の音が鳴り響いた。
ゆっくりと、リフテス王国大聖堂の大きな扉が開かれていく。
真紅の細い絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その奥に嬉しそうに笑みを浮かべた両国の王族が並んでいる。
左右には、たくさんの人々が私達を祝福の拍手で迎えてくれている。
その中を、シリル様と私はゆっくりと歩きだした。
彼とともに歩きながら、私は考えていた。
さっき、シリル様が言おうとしていたのはなんだろう?
もしかして
…………あの事かな?
私は、腰に巻かれたもふもふの尻尾にそっと触れる。
(シリル様……もしかして、私の心の声は聞こえていますか?)
心の声で話しかけた途端、シリル様の尻尾がビクッと震えた。
「リラ……気づいて……?」
囁き声で話すシリル様の尻尾が、またフルッと震える。
私はクスッと笑い、その尻尾をそっと撫でた。
(愛しています、シリル様)
見上げて微笑むと、シリル様は足を止め、一度ギュッと目を閉じ、開いた。
「シリル様どうかしましたか?」
首を傾げて聞くと、シリル様はせつなげな目で私を見つめ獣耳を伏せる。
「リラ……ダメだ! もう我慢できない!」
「……ええっ⁈」
パチン、とシリル様が指を鳴らした次の瞬間、私達は祭壇の前に転移した。
突然の事に驚く神父様の目の前で、彼は誓いの言葉を早口で告げると、溶けてしまいそうなぐらい熱い誓いのキスをした。
その後、シリル様がモリーさんから怒られてしまったのは言うまでもない……。
◇the end◇