ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
もう一度
シリルは城の端にある訓練所を無駄に走っていた。
公務はすぐに終わってしまったのだ。
王と王妃、それに八人もいる王子達。リフテス王国との争いもなくなった今、彼等にはやる事などほとんどなかった。
しかし、部屋に戻ってもエリザベートとどう過ごせばいいのか分からない。
だからシリルは走ることにした。
とりあえず無心になろう。
一度心を落ち着かせなければ……。
なのに
「ねぇ、僕にも会わせてよ」
シリルの後ろを走りながら、第八王子ハリアが話しかけてくる。
「………………」
「俺も見たい。見るだけならいいだろう?」
並走して聞いてくるのは第四王子ノルディ。
「…………………」
シリルは二人に答える事なく無言で走り続ける。
その様子を、壁にもたれ掛かりながら見ていた第五王子デュオは、シリル達が近付いて来た時を見計らい口を開いた。
「さっきメイナードがシリル兄上の部屋の方へ向かって行ったけど、大丈夫かな? 今頃、エリザベート様、子供作られちゃってるかも知れないよ?」
「はあっ⁈」
シリルは城の中を疾走し部屋へと戻って行く。
その後ろをデュオ、ハリア、ノルディが楽しそうな顔をしてついて行った。
◇
バタバタバタバタッと無数の足音が聞こえる。
ガチャッ! バンッ!
鍵がかかっていたはずの部屋の扉が乱暴に開かれた。
早くから足音に気付いていたモリーさんが、私の前にドンと仁王立ちになり、低い声で凄む。
「シリル様、如何なさいましたか?」
「……はっ、その……」
モリーさんの後ろから、ひょこっと顔を覗かせて見ると、息を切らしているシリル様と、白い尻尾と白金の尻尾、青黒の尻尾の三人の男の人が息を整えながら、私を見ていた。
三人の男の人は白い歯を見せた。その口元からは牙がキラリと光ってみえる。
(……もしかしてシリル様の兄弟?)
「うっ……わあ……かわいい」
青黒の尻尾がフリフリと揺れる。
「…………ずるい、シリル兄上」
白金の尻尾は上下に大きく振られていた。
「こんにちは、お姫様。僕は第五王子のデュオだよ」
純白の尻尾がフワリと揺れ、デュオ様の目が細められる。
「ちょっ、勝手に話をするなっ!」
部屋に入ろうとする三人に、両手を広げて入れないようにしていたシリル様の頭上を、飛び跨ぐ様に後方から誰かが部屋へと入って来た。
「僕にも紹介してよっ!」
シュタッとシリル様の前に降り立ったその人の、赤い目がキラリと光り私を捕らえる。
「メイナード……お前……」
金の髪に白くて長い獣耳の人。この人がラビー様の弟、メイナード様。……危険な人。
顔立ちはラビー様とよく似て、大変麗しい容姿をされている。
獣人って、皆美形なの?
シリル様を押すように、入ってきた王子様達に呆れ返ったモリーさんは、大きなため息を吐いた。
「……仕方ありません」
モリーさんはシリル様に必ず私の隣に座るようにと言い、皆を部屋へ通した。
右横に座るシリル様は、私の体に尻尾を巻きつけている。
巻き付けられたシリル様のもふもふした尻尾に、ドキドキしてしまった。
(シリル様、私に触れないと言っていたのに……? 思いっきり体触れてますよ⁈ それとも尻尾は別物ですか⁈)
左側には、第八王子ハリア様が座る。白金の尻尾の先がチョコチョコと私の腕に触れている。
「ハリア、もっと離れろ。それに、尻尾でエリザベートに触れるな」
「いいでしょ? 尻尾ぐらい。シリル兄上なんて巻き付けてるじゃないか」
「……エリザベートは俺の結婚相手だ。……だからいい」
シリル様とハリア様が話をしている間、目の前に座る三人は、私を見据えていた。
一人は興味ある目で、一人はどうやら好意のある目で見ているようだ。
そして、危ない人、メイナード様は欲の孕んだような目で私をみつめている。彼の赤い目が妖しく光る。
(人は嫌われていると言っていたよね⁈ でも、皆好意的過ぎるほどなんですが?)
見つめてくる視線が怖くなった私は、作り笑いを浮かべながら、膝の上で手を握り締めていた。
だから、その手をシリル様が見ていた事に、気がつくこともなかった。
「モリー、皆に茶を出してくれ」
「はい、シリル様」
シリル様はモリーさんにお茶を出してもらうと、皆を見回す。
「お前たちはそれを飲んだら、全員部屋から出ろ」
「えー! 何でだよ」
「僕、エリザベート様と話したいな⁈ ねぇ」
純白の尻尾をフワリと振り、デュオ様は私に微笑みかけた。
「デュオ、お前まさかこの子を狙ってるのか? 彼女はシリルの結婚相手に決まってんだろ?」
メイナード様は話しながらも、私からひと時も目を離さない。
「メイナードこそ何をしに来たんだよ。僕はね……ああもういいや、周りくどいのは好きじゃないからハッキリ言うよ。エリザベート様、結婚相手、僕に変えない? まだ変更可能だから」
「えっ……」
(変更?)
「僕も立候補する。まだ十三歳だけど、十分大人だよ?」
頬を染めるハリア様は、白金の尻尾をふるふると震わせている。
「俺は? シリルより優しくできる自信あるけど」
ノルディ様が碧瞳を煌かせている。
(十分大人って?……優しくできる?)
シリル様の漆黒の尻尾が私から離れ、不機嫌にバシッと叩かれた。
「お前たちっ、何を言ってる!」
「だって、シリルはその子に触れないって言ったんだろ? 僕、メイドから聞いたんだ。だったら結婚する意味ないだろ?」
「なっ……」
「だからエリザベート様には、僕達から選び直して貰おうよ。でもそれだと見た目で決まっちゃうか……そうだ! もう一度クジ引きしよう‼︎」
デュオ様が言うと、「ぶっ」とメイナード様がお茶を噴き出した。
「クジ引き? お前たちそんな事で決めたのか?」
「そう、父上が作って来たんだよ」
ハリア様が楽しそうに話す。
(王様が作ったのか……知らなかった)
「やり直すなら僕も入れて?」
「メイナードは王族じゃないからダメだよ」
「いや、いいだろう? ラビッツ家は元王族だし、魔力量も多いから、王族と同じだ」
「……そう?」
(……どうしよう)
皆の提案に、正直迷いが生まれている。
私は一日も早く子供を生まなければならないのだ。
『触れない』と言われたシリル様より、どうやら私に好意を持ってくれている彼等の方が、子供を授かる可能性は遥かに高い。
メリーナを助ける為には、その方がいいのだろう。
その時、離れていたシリル様の尻尾が背中に柔らかく触れた。
ふと、目がシリル様の手元に向く。
今朝になって短く丸く整えられた爪。
隣に座り、カップを持つハリア様の指先には、手入れの行き届いた長く鋭い爪がある。
目の前に座る三人も同じ。
皆、指先には長く鋭い爪が光る。
もしかして獣人は、長く鋭い爪にしておかなければならないのではないのだろうか?
けれど、私があの手で触れられたら、傷だらけになりそうだ。
(やっぱり、シリル様は私の為に爪を短くしてくれたんだ。……もしかして、私に怪我をさせないように切ってくれたの?)
横に座るシリル様を見上げると、彼は慌てたようにカップを手に取ってお茶を飲み出した。
ゴクゴクゴクッと喉を鳴らし飲み干すと、カップをテーブルに置いてボソリと呟くように言った。
「触らない……ことはない。そんな事は言った覚えはない。お前たちはもう帰れ! 彼女はこれから……」
「「これから?」」
王子様達とメイナード様は、目を丸くしてシリル様を見ている。
(これから?)
「……俺と出かける事になっている。モリー、外に出る。彼女に暖かな格好をさせてくれ」
(えっ、えっ?)
「はい! シリル様」
喜んで返事をしたモリーさんは、まだお茶を飲んでいた王子様達をすぐに部屋から追い出した。
◇
「一人で馬に乗った事はありません」
「……そうか」
出掛ける為に用意された馬の前でそう言うと、シリル様は「では私と乗ってくれ」と、私をヒョイと抱き抱え馬に跨った。
初めての馬に怯えている私に、シリル様は優しく「大丈夫だ、俺がいる。それにコイツは何があっても君を落とす事はない」と言い、馬を走らせた。
乗せて貰った大きな茶色の馬は、シリル様の愛馬で、名前をルルだと教えてくれた。
◇
ビュオオオオーーーッ
着いた場所は、風が吹き荒ぶ、何もない平原だった。
公務はすぐに終わってしまったのだ。
王と王妃、それに八人もいる王子達。リフテス王国との争いもなくなった今、彼等にはやる事などほとんどなかった。
しかし、部屋に戻ってもエリザベートとどう過ごせばいいのか分からない。
だからシリルは走ることにした。
とりあえず無心になろう。
一度心を落ち着かせなければ……。
なのに
「ねぇ、僕にも会わせてよ」
シリルの後ろを走りながら、第八王子ハリアが話しかけてくる。
「………………」
「俺も見たい。見るだけならいいだろう?」
並走して聞いてくるのは第四王子ノルディ。
「…………………」
シリルは二人に答える事なく無言で走り続ける。
その様子を、壁にもたれ掛かりながら見ていた第五王子デュオは、シリル達が近付いて来た時を見計らい口を開いた。
「さっきメイナードがシリル兄上の部屋の方へ向かって行ったけど、大丈夫かな? 今頃、エリザベート様、子供作られちゃってるかも知れないよ?」
「はあっ⁈」
シリルは城の中を疾走し部屋へと戻って行く。
その後ろをデュオ、ハリア、ノルディが楽しそうな顔をしてついて行った。
◇
バタバタバタバタッと無数の足音が聞こえる。
ガチャッ! バンッ!
鍵がかかっていたはずの部屋の扉が乱暴に開かれた。
早くから足音に気付いていたモリーさんが、私の前にドンと仁王立ちになり、低い声で凄む。
「シリル様、如何なさいましたか?」
「……はっ、その……」
モリーさんの後ろから、ひょこっと顔を覗かせて見ると、息を切らしているシリル様と、白い尻尾と白金の尻尾、青黒の尻尾の三人の男の人が息を整えながら、私を見ていた。
三人の男の人は白い歯を見せた。その口元からは牙がキラリと光ってみえる。
(……もしかしてシリル様の兄弟?)
「うっ……わあ……かわいい」
青黒の尻尾がフリフリと揺れる。
「…………ずるい、シリル兄上」
白金の尻尾は上下に大きく振られていた。
「こんにちは、お姫様。僕は第五王子のデュオだよ」
純白の尻尾がフワリと揺れ、デュオ様の目が細められる。
「ちょっ、勝手に話をするなっ!」
部屋に入ろうとする三人に、両手を広げて入れないようにしていたシリル様の頭上を、飛び跨ぐ様に後方から誰かが部屋へと入って来た。
「僕にも紹介してよっ!」
シュタッとシリル様の前に降り立ったその人の、赤い目がキラリと光り私を捕らえる。
「メイナード……お前……」
金の髪に白くて長い獣耳の人。この人がラビー様の弟、メイナード様。……危険な人。
顔立ちはラビー様とよく似て、大変麗しい容姿をされている。
獣人って、皆美形なの?
シリル様を押すように、入ってきた王子様達に呆れ返ったモリーさんは、大きなため息を吐いた。
「……仕方ありません」
モリーさんはシリル様に必ず私の隣に座るようにと言い、皆を部屋へ通した。
右横に座るシリル様は、私の体に尻尾を巻きつけている。
巻き付けられたシリル様のもふもふした尻尾に、ドキドキしてしまった。
(シリル様、私に触れないと言っていたのに……? 思いっきり体触れてますよ⁈ それとも尻尾は別物ですか⁈)
左側には、第八王子ハリア様が座る。白金の尻尾の先がチョコチョコと私の腕に触れている。
「ハリア、もっと離れろ。それに、尻尾でエリザベートに触れるな」
「いいでしょ? 尻尾ぐらい。シリル兄上なんて巻き付けてるじゃないか」
「……エリザベートは俺の結婚相手だ。……だからいい」
シリル様とハリア様が話をしている間、目の前に座る三人は、私を見据えていた。
一人は興味ある目で、一人はどうやら好意のある目で見ているようだ。
そして、危ない人、メイナード様は欲の孕んだような目で私をみつめている。彼の赤い目が妖しく光る。
(人は嫌われていると言っていたよね⁈ でも、皆好意的過ぎるほどなんですが?)
見つめてくる視線が怖くなった私は、作り笑いを浮かべながら、膝の上で手を握り締めていた。
だから、その手をシリル様が見ていた事に、気がつくこともなかった。
「モリー、皆に茶を出してくれ」
「はい、シリル様」
シリル様はモリーさんにお茶を出してもらうと、皆を見回す。
「お前たちはそれを飲んだら、全員部屋から出ろ」
「えー! 何でだよ」
「僕、エリザベート様と話したいな⁈ ねぇ」
純白の尻尾をフワリと振り、デュオ様は私に微笑みかけた。
「デュオ、お前まさかこの子を狙ってるのか? 彼女はシリルの結婚相手に決まってんだろ?」
メイナード様は話しながらも、私からひと時も目を離さない。
「メイナードこそ何をしに来たんだよ。僕はね……ああもういいや、周りくどいのは好きじゃないからハッキリ言うよ。エリザベート様、結婚相手、僕に変えない? まだ変更可能だから」
「えっ……」
(変更?)
「僕も立候補する。まだ十三歳だけど、十分大人だよ?」
頬を染めるハリア様は、白金の尻尾をふるふると震わせている。
「俺は? シリルより優しくできる自信あるけど」
ノルディ様が碧瞳を煌かせている。
(十分大人って?……優しくできる?)
シリル様の漆黒の尻尾が私から離れ、不機嫌にバシッと叩かれた。
「お前たちっ、何を言ってる!」
「だって、シリルはその子に触れないって言ったんだろ? 僕、メイドから聞いたんだ。だったら結婚する意味ないだろ?」
「なっ……」
「だからエリザベート様には、僕達から選び直して貰おうよ。でもそれだと見た目で決まっちゃうか……そうだ! もう一度クジ引きしよう‼︎」
デュオ様が言うと、「ぶっ」とメイナード様がお茶を噴き出した。
「クジ引き? お前たちそんな事で決めたのか?」
「そう、父上が作って来たんだよ」
ハリア様が楽しそうに話す。
(王様が作ったのか……知らなかった)
「やり直すなら僕も入れて?」
「メイナードは王族じゃないからダメだよ」
「いや、いいだろう? ラビッツ家は元王族だし、魔力量も多いから、王族と同じだ」
「……そう?」
(……どうしよう)
皆の提案に、正直迷いが生まれている。
私は一日も早く子供を生まなければならないのだ。
『触れない』と言われたシリル様より、どうやら私に好意を持ってくれている彼等の方が、子供を授かる可能性は遥かに高い。
メリーナを助ける為には、その方がいいのだろう。
その時、離れていたシリル様の尻尾が背中に柔らかく触れた。
ふと、目がシリル様の手元に向く。
今朝になって短く丸く整えられた爪。
隣に座り、カップを持つハリア様の指先には、手入れの行き届いた長く鋭い爪がある。
目の前に座る三人も同じ。
皆、指先には長く鋭い爪が光る。
もしかして獣人は、長く鋭い爪にしておかなければならないのではないのだろうか?
けれど、私があの手で触れられたら、傷だらけになりそうだ。
(やっぱり、シリル様は私の為に爪を短くしてくれたんだ。……もしかして、私に怪我をさせないように切ってくれたの?)
横に座るシリル様を見上げると、彼は慌てたようにカップを手に取ってお茶を飲み出した。
ゴクゴクゴクッと喉を鳴らし飲み干すと、カップをテーブルに置いてボソリと呟くように言った。
「触らない……ことはない。そんな事は言った覚えはない。お前たちはもう帰れ! 彼女はこれから……」
「「これから?」」
王子様達とメイナード様は、目を丸くしてシリル様を見ている。
(これから?)
「……俺と出かける事になっている。モリー、外に出る。彼女に暖かな格好をさせてくれ」
(えっ、えっ?)
「はい! シリル様」
喜んで返事をしたモリーさんは、まだお茶を飲んでいた王子様達をすぐに部屋から追い出した。
◇
「一人で馬に乗った事はありません」
「……そうか」
出掛ける為に用意された馬の前でそう言うと、シリル様は「では私と乗ってくれ」と、私をヒョイと抱き抱え馬に跨った。
初めての馬に怯えている私に、シリル様は優しく「大丈夫だ、俺がいる。それにコイツは何があっても君を落とす事はない」と言い、馬を走らせた。
乗せて貰った大きな茶色の馬は、シリル様の愛馬で、名前をルルだと教えてくれた。
◇
ビュオオオオーーーッ
着いた場所は、風が吹き荒ぶ、何もない平原だった。