怜悧な外科医の愛は、激甘につき。~でも私、あなたにフラれましたよね?~
袖口から覗いたリストバンドを隠すように袖をピッと伸ばすと、木内さんはチラチラと周囲の様子を窺うような視線を泳がせていた。それは明らかに後ろめたい何かがある証拠だった。

これで相良さんが見た人が木内さんだった可能性が高くなる。教育入院をしているなら、メルディーの食事を食べてしまっては意味がない。

「小野田さん、ごちそうさま。また今夜来るからね」

いつの間にか会計を済ませた木内さんがにっこりと笑って声をかけてきた。

「あ、はい。いつもありがとうございます」

「家に帰っても奥さんが料理して待っててくれるわけじゃないし、だからついこの店に来ちゃうんだよねぇ、美味しい食事となんせ小野田さんの可愛い笑顔付きだし」

彼になんとか笑顔を返すけれど、私はリストバンドのショックを隠しきれなかった。


木内さんはそれから毎日のようにメルディーに来るようになった。そして相変わらずドカ食いをして帰る。とりあえず相良さんに木内さんが入院患者のリストバンドをしていたことを話したけれど、『わかった。お前は気にするな、いつも通り仕事をすればいい』と言われてしまった。

今夜も変わらない夜を相良さんと過ごす。食事を終えた彼にお茶の用意をしようと湯呑を手に取った。

確かに、私なんかが首を突っ込んでいい事じゃないかもしれないけれど……。

聞くと、木内さんは一年前に奥さんを事故で亡くしたらしい。きっと奥さんがいた頃はちゃんと食事もきっちり管理できていたと思う。寂しさを紛らわすために外食が増え、食生活が乱れてしまったのだ。と勝手に憶測すると、どうしても情が湧いてきてしまうのだ。

お節介だってわかってるんだけどね。

「おい」

「ッ!? あ、はい」

頭の中の考え事がブツリと切れて、その声にハッと我に返る。
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