怜悧な外科医の愛は、激甘につき。~でも私、あなたにフラれましたよね?~
のろのろと身体を起こす。膝にチリッとした痛みを感じて、見るとうっすら血が滲んでいた。転んだ拍子に擦りむいたみたいだ。

『君の存在は聖一にとって毒なんだよ、私にとっても』

聖一さんのお父様の言葉がピンボールみたいに脳内であちこち飛び交って、私の胸をじくじくと抉る。

いきなり家を飛び出したりして聖一さんに心配かけちゃったな……。

雨に濡れて膝を擦りむき、今の状況が惨めでならない。そう思っていると、スッと視界が影って何かが差し出された。

……手?

見ると私の目の前に大きな手。

瞬きをしてゆっくりとその手の先に視線を動かす。

「まったく、なにやってんだ」

上を向いて目に溜まった涙が落ちたらぼんやりとした視界がパッと鮮明になって、私に差し伸べている手の主が見えた。

「聖一さん……」

怒っているような、それでいて微笑んでいるような表情で聖一さんが私を見下ろしている。私が急に飛び出したから急いで追いかけて来てくれたのか、雨が降っていると思わなかったのか、傘も差さずに彼の前髪の端から雫が滴っていた。

「立てるか?」

「は、はい」

差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねると、ぐっと勢いよくその胸に引き寄せられた。

「さっきは親父がすまなかった」

私の後頭部に手を回し、聖一さんが優しく私の身体を包み込む。すると雨で冷えきった身体に彼の体温が伝わって、じんわりと温もりを取り戻していった。

私は滅多に人前で泣いたりなんかしない。強く生きろと父からそう言われてきたから。だけど、聖一さんの柔らかな温かさに私は感情を堪えきれなくなった。

「ご、めんなさ……ごめんなさい……私」

なにに対してのごめんなさいなのか自分でもわけがわからなくなって、私はただひたすら嗚咽で喉を鳴らすことしかできなかった。

「ほら、こっち向け」
聖一さんが小さく笑って私を上向かせ、親指で濡れた頬を拭った。目が合うと彼の澄んだ綺麗な瞳に吸い込まれ、なにか言葉が口から出る前にそっと口づけられる。

柔らかくて温かな唇が、心の荒波をゆっくりと落ち着かせていく。「大丈夫だ」と言われているみたいで、私は彼の腕にしがみついた。このまま唇が腫れるまでキスをしていたい。そんな貪欲な気持ちさえ生まれそうになった。

「帰るか。このままだと風邪を引く」

一旦キスが解かれ、無意識に彼の唇を追いかけようとしたとき、そう言われて我に返る。

「そうですね……」

頭を撫でる聖一さんの手がするすると降りてギュッと私の手を握る。私にはまだ帰る家があるのだと思うとふっと身体から力が抜け、そしてコクンと頷いた――。

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