バレンタイン
一夜をください
一世一代の、勇気
早鐘を打つ自分の鼓動がやけに近く響く。
喉元に心臓があるように、吐息が熱い。
自分の存在をこうまでリアルに感じたことなどないのに、その反面、宙に浮いているようにも思える現実感のなさ。
つまるところ、私は緊張しているのだ。
人間って、極限状態になると汗も出ないものなのかしら。
脳の片隅で虚ろにそんなことを考えながら、かたかたと震える冷たい両手を力なく握りしめた。
私は今、ホテルのバーのレストルーム前に立っている。
人待ち顔で。
緊張に震えながら。
己の大胆さにおののきながら。
踵を反して自宅に逃げたい衝動を堪え。
それでも私はあの人を待っている、
一世一代の勇気とともに。
ありったけの気持ちを温めて。