バレンタイン
目も眩むような都会の夜景を眼下に見下ろすそのバーは、エメラルドに支配された不思議な空間だった。
カウンターの片隅でひっそりと呑みたかった私は、案内された席にいささか居心地の悪さを覚えていた。
「.....待ち合わせじゃないってのに」
二人掛けテーブルのその席は、店内を見渡せる奥まった場所にあった。
そこでお勧めのカクテルを傾けていると、なんだかとっても大人のオンナになった気分がする。
時間が早かったせいかまばらだった客が、ちらほらと増え始めた午後9時。
フルートグラスに注がれた淡い薔薇色の液体は、とても美味しくて、私をふわふわした夢へと誘う。
なんだかどうでもよくなってきちゃった。ホテルも彼氏もバレンタインも。
もう部屋へ帰って寝よっかな。
心地よい睡魔に襲われてそんなことを考えていたその時、店内に新しい客が入って来た。
美しく結い上げた赤毛に、豊かな胸の谷間を惜しげもなく露わにした妖艶な深紅のドレス。
その姿はとてつもなく甘美で、女の私でさえうっとりするほど。
彼女はどこかで見たことがある。確か、テレビドラマによく出る女優さんだ。
まるで炎のような彼女のあとに続いて、背の高い黒い影が現れた。
艶めく黒髪に透き通るような象牙の肌、上がり気味の眉、切れ長の大きな黒い瞳、すっと通った高い鼻梁、口角がやや上がった形の良い口唇。
長い手足は、隙なく彼女をエスコートしている。
その姿を見た瞬間、私の心臓はぎゅっと飛び上がった。
.....彼だ!
響谷 蓮。
―――――数々の美女と浮名を流す、若手人気俳優。