バレンタイン
「ねえ花姫ちゃんじゃない?」
不意に、背後からこの世でいちばん聞きたくない声が聞こえた。
今日、このタイミングでなんて最悪。
振り向いて確かめずとも判る。
声の主は、同じ科で同期の倫子だ。
個人病院の一人娘で、インターンの婚約者がいる。
そんなことは別に構わないんだけど、倫子は何かにつけ私と張り合ってくるのだ。
舞にはいつも『ハルヒのストーカー』とからかわれている。
私も最近では倫子の横幅のある顔と、彼女のトレードマークである首に巻き付けたスカーフを見る度に、なんだかげんなりした気持ちになる。
ああ この子だけには、イヴに独りでいるところを見られたくなかった…。
「何してたの?」
「なにって…お茶?」
何気に疑問系なアタシ。
「ひとりで?」
「…まあね。あなたは?」
「勿論デート中よ。あれ、わたしの彼」
倫子が指差す方を見ると、品の良いお坊ちゃま風の男性が軽く会釈をした。
「あ…ども」
つられて私も会釈を返す。
倫子は断りもなく私の向かいの席に腰を下ろすと、雑誌を覗き込んだ。
「ふぅん。セレブなバレンタインねえ…そんな雑誌眺めてても、恋人なんか出来ないわよ?」
「なっ…」
「ずっといないんでしょ? 彼氏」
「失礼ね! そっ…そんなことないわよ」
「あら、いるの?」
「……うん」
「今日は?」
「…仕事よっ。彼、忙しいの。なかなかお休み取れなくて」
「へええ、それはお気の毒ね」
うっ この目は絶対信じてないっ。