風呂の湯に撃沈
【葉月 冬から春へ】嵐 1
嵐
春一番が吹いてからも、すぐに暖かくはならなかった。
そして、あたしの家に春一番の大嵐がやって来るなんて思ってもみなかった。
その日学校から戻ると、パパがリビングで憮然とした表情のまま座っていた。
目の前のこたつのテーブルの上には、「エーデルワイス」のオムライスが置かれていた。
「エーデルワイス」と言うのは、『夢の湯』の一本脇の道を入ったところにある洋食屋さんだ。
パパの同級生の家だ。パパの同級生は家を継がなかったけどその子供が手伝っている。祖父と孫がやっているって訳。
そんなに大きくない店だが、オムライスとビーフシチューは絶品だ。
時々雑誌にも載るくらいだから、ランチには行列ができる。
小さい頃からよくパパにオムライスを食べに連れて行ってもらった。
あたしはオムライス、おねえちゃんはビーフシチューっていうのが定番だった。
で、その「エーデルワイス」のオムライスが置かれていたので、あたしはすごく喜んで聞いた。
「わぁ~、テイクアウトできるんだ。食べていい?」
返事を待たずにあたしはスプーンを握って、頬張った。
とろ~りとした卵がまだ暖かくて最高においしい。
「沙友紀は、なんで黙っていたんだろう?」
パパは遠くの方を見ているように、呟いた。
あたしは何を言ってるんだかわからないけど、やっぱりここのオムライスは断然うまい、世界一かもしれないと思った。
「俺が反対すると思ったのかな?」
何を反対するって言うんだろう?
あたしは何にも反対する気はないよ。これが食べられるんだったら、何にも反対しないけどなぁ。
「沙友紀はいつから、あそこに居たんだ」
パパがおねえちゃんを名前で呼ぶなんて、めったにないことだ。
小さい頃からおねえちゃんだった。本人を呼ぶときもおねえちゃんと呼んでいた。
こうして聞いてみると可愛い名前だね、沙友紀なんて。ママがつけたにちがいないね。
「おねえちゃんがどこに居たって?」
あたしはオムライスのデミグラソースまできれいにすくって食べてしまって聞いた。
「エーデルワイス」
パパはよくわからない事を言った。
「だから、おねえちゃんがどこに居たの?」
「沙友紀は、エーデルワイスで働いていた」
一瞬なんのことかわからなかったけど、ファミレスでバイトしていると思っていたおねえちゃんが「エーデルワイス」で働いていた、という意味だとわかったあたしは大声をあげた。
「えぇ~~!!なんで!」
その晩、椎名家に春の嵐が吹き荒れた。
遅くなってから、おねえちゃんは帰ってきた。あたしは部屋で本を読んでいた。
リビングからパパの大きな声が聞こえてきた。
「なんだって!」
あたしは急いでリビングに飛んでいった。おねえちゃんはコートを着たまま立っていた。パパも立ち上がっている。
「どうしたの?」
二人とも答えてくれなかった。黙ったまま立ちすくんでいるおねえちゃん。
「話す事なんてない、決めた事だから」
何を決めちゃったの?パパは何かを整理するように考えている。
「それで、大学はどうするんだ」
おねえちゃんが答える。
「辞める」
えぇ~、大学辞めちゃうの~?あたしはちんぷんかんぷんで、話が見えない。
「かっちゃんの息子さんって事だな」
かっちゃんって言うのは、パパの同級生だ。家は「エーデルワイス」。
「靖幸さん、知ってると思うけど。今日は疲れてるから話は明日にして。とにかく、決めた事だから」
そう言うとおねえちゃんは、シャワーを浴びて自分の部屋に入ってしまった。靖幸さんってだれ?
パパも黙ったまま部屋に入ってしまった。残されたあたしは、なにがなんだかわからないまま首をひねるしかなかった。
翌日の朝食はひどく静かだった。パパもおねえちゃんも何も言わなかった。
家族と言うものを意識した事のないあたしが、家族団らんを願うのも変な話だがもうちょっと団らんがいいかな。
こうして考えると、おねえちゃんはいつもにこにこしていておかあさんの役割をりっぱにはたしていたのかもしれない。
その日の夕食もそんな感じだった。
へたにどうしたのかと聞けないオーラを二人とも出していたので、あたしはどうしていいかわからなかった。
テレビをむすっとした顔で見ているパパにおやすみを言うと部屋に入った。二人の話し声は聞こえなかった。昨日と同じ静かな空気が、我が家を包んでいた。
しばらくして、トントンとドアをノックしておねえちゃんが入ってきた。
「葉月、ちょっといい?」
やわらかい笑顔、お風呂上りで頬をピンク色にしたおねえちゃんはこの間見たママに似ていた。
あたしはベッドの上にあぐらをかいた。
「いったい、どうしちゃったの?なにがあったの?エーデルワイスで働いてたって、なんで言わなかったの?」
くすくすと笑いながらおねえちゃんは、あたしの頭をくしゃくしゃとなでた。
もう、子供じゃないんだよ、あたし。あたしにもちゃんと話してほしい。
「たくさんの質問ね、いっぺんに答えるのはむずかしいわね」
そして、想像もしてない言葉がおねえちゃんの口から飛び出した。
「わたしね、結婚しようと思うの」
アッパーカットをくらったボクサーみたいだった。
あたしは力が抜けて、ベッドに倒れてしまった。
おねえちゃんが続きを話していたけど、うなずく事さえできなかった。
一通り話すとおねえちゃんはさっさと自分の部屋へ引き上げてしまった。
まさか、こんな時が来ようとは。
おねえちゃんが結婚したいと思っている相手は、靖幸さんと言う人で「エーデルワイス」で働いている。そう、祖父と孫の孫だ。おねえちゃんより三つ年上だそうだ。
で、おねえちゃんは結婚するために、大学を辞めて調理師の学校へ行くのだそうだ。行く、というのはもう来月から学校へ行く手続きもすんでいる、という事で大学を辞めるのはさすがにパパに許可をもらおうと思っていた。
でもなかなか言い出せずにいた。
きのう丁度時間が空いていたので「エーデルワイス」を手伝っていたら、パパがオムライスをテイクアウトできるかと立ち寄った。パパは楽しそうにお手伝いをする自分の娘を見つけて驚き、あわてふためいてオムライスを持って帰ったということらしい。
最後におねえちゃんは、部屋を出て行きかけて
「ごめんね、葉月」
と小さな声で言った。
パパは突然の事に、自分を納得させられないでいるみたいだった。
あたしにちょっかいも出してこなかったから、ちょっと楽なような寂しいような。食欲もなくなっているようだった。おねえちゃんも困っていたけれど、決めた事は変えられなかった。
あたしだって、ショックから立ち直れずにいたけど、ここのところ朝練にでているのでくよくよはしていなかった。
いつもパパと一緒に出かけるのにおねえちゃんは、あたしと一緒に家を出た。
「専門学校って何年?」
「二年よ、それまでは結婚しないから安心していいよ」
北風がふいて、春はまだだよと告げているようだ。
道路わきに植えてある水仙のとがった葉っぱがゆれた。小さなつぼみが顔を出して一緒にゆれる。
おねえちゃんは、寒そうに肩をすくめて
「一緒にお店の味継いで行こうって、そう言われた時ね。わたしとっても嬉しかったの」
おねえちゃんは、おとなの女の人の顔をして幸せそうにきゅっと笑った。
「うん、がんばってね。あたしも応援する!」
その顔を見ていたら、自然とそんな言葉がでてきた。
やっぱりおねえちゃんが幸せになるのは嬉しい。本当になにも考えずにそう思った。
春はすぐ近くにやって来ているとそう、その時は思ったんだ。水仙の花がたくさん咲いているのが、目に浮かんだんだもの。
次の日曜日。
あたしは番台に座った。今日はヘアーウィッグもメガネもなしだ。本当の椎名葉月が番台に座ったんだ。
おばあちゃんにおねえちゃんの事を、話すとあっさり
「以外に、さぁちゃんはやかったんだねぇ。葉月もしっかりしないとね」
なんて答えが返ってきて、拍子抜けしてしまった。
「しっかりしてるでしょ、銭湯のお手伝いだってしてるし。もう子供じゃないんだからね」
少しむっとしてしまうよ。いつまでも子供あつかい。
「おやそうかい。じゃ、がんばっとくれね」
そう言うと自分の仕事にもどり、チェックし始める。棚、籠、飲み物、オーケーって感じで忙しそう。
がんばるって、あたしが結婚するわけじゃないのに。なにをがんばるんだろう。パパが賛成してくれるように、なんか考えなくちゃかなぁ。
がらにもなく、人のことを心配している自分に、嫌な気はしなかった。
あ、とそこであたしはよく考えて気づいた。
もしかして、おねえちゃんが結婚するって事は家を出るって事じゃない。
パパとあたしは、二人残されるんだ。
考えた事もなかったけど、必ずそんな日はくるわけだ、遅かれ早かれ。
ついでに、今おねえちゃんがやってくれている家事は、あたしの仕事になる。
えぇと、おねえちゃんが気がつかないけどやってくれている事って、やばいよたくさんあるよ。
あたしはおねえちゃんのようにできるだろうか。
いままで、ずっと子供のふりして何にもしてこなかったあたし。
思えばあたしは小さい頃からママがいないけど、ママがいなくて不自由だって感じた事は一度もなかったんだ。
授業参観の日だって、おばあちゃんが来てくれていた。
朝起きれば、あったかいご飯が炊けていて。
たまにはお料理手伝う事もあったけど、それはあたしくらいの年の子だったらみんなやっていることだ。
急に、あせる気持ちがあふれ出した。
どうしよう、おばあちゃんは相談してもきっと涼しい顔で「がんばりなよ」って言いそうだし、誰かに話したいよ。
不安なこの胸の中にあるものを、わぁ~っと話したい。心の中をぶちまけたい。
あたしはどきどきして苦しくなった。こんなときに話すことができないし、そんな相手が思いつかない。
真剣にあたしは神様に祈るように、両手を胸のところで組んで目をつぶった。
ママに、ママに会いたい。
ガツン、耳鳴りがした。もう引っ込んだはずのたんこぶが痛んだ。
ふわりと身体が軽くなる。まただ、きっとまた昔のどこかに行くんだ。そう思ったら、真っ暗になる中で不思議とうれしい気持ちが渦を巻いた。
ふわふわしたからだが、ゆっくり暖かくなっていくような気がして期待した。
暗闇が明るくなり、ふわふわしたまま目の前がぼやけてきた。白い湯気の中にいるようだ。
「いらっちゃ~~い、きょうはあったかにゃってきまちぃたねぇ~」
『そうそう、いい調子だねぇ』
「あらまあ、かわいいこと。えらいね、お手伝いしてるなんて。じゃこれでおつりくださいな」
「はぁぁ~~い」
小さな子供の声とおじいちゃんとお客さんの声が聞こえてきた。
うすぼんやりと、脱衣所が見えてくる。お客さんは今日もいっぱいだ。
みんな楽しそうに、おしゃべりしながら着替えたりしている。
女湯の洗い場では、隣の人の背中を流してあげている人もいる。
男湯の湯船には、頭にタオルをのせて入っているおじさんが隣の人と話をしている。
湯船につかっていた男の子が女湯に向かって「もう、でるよ~」と声をかける。
女湯のおかあさんが「はいよ~」と答えて同時にあがってくる。
脱衣所でおしゃべりしている人達、牛乳を飲んでいる子供たち。みんな楽しそうだ。
ここはむかしの『夢の湯』だ。
「きょうも、お客しゃんたくさんいてうれしいねぇ~」
番台の幼い女の子がこちらを振り向いて嬉しそうににっこりする。
あたしだ、おじいちゃんのひざの上にのってお手伝いしているあたし。
『葉月は、人とおしゃべりするのがうまいねぇ。気持ちがいいよ』
「あたし、おしゃべりだいしゅき。いろんなこと話すよぅ。おしゃべりするとおきゃくさん、喜んでくれりゅもん」
『ちゃ~んと思ったことが言えるってぇのは、意外と難しいんだけどねぇ』
「あたし、いえるもん。いわないとわかんないもん」
『おやおや、すごい事までいうもんだねぇ。感心感心』
ガラガラガラ
扉が開いて見たことのあるおばさんが入ってきた。
「いらちゃ~~い」
おばさんは、小さいあたしを見ると頭をなでた。
「はづきちゃん、元気になったね。よかったよかった」
『いろいろ世話になりましたねぇ。この子は、大丈夫ですよ。思ったことはきちんと言えるし、なかなかしっかりしてるんでねぇ』
おじいちゃんがおばさんに頭を下げた。
お客さんは、ひっきりなしに入ってくるし、出て行く。その度小さいあたしはいろんな声をかける。
「さむいから、きぃ~をつけてぐだしゃいね~」
「早く、あったぁくなるといいでしゅね~」
「また、きてくだしゃ~い」
みんなみんな、すごく嬉しそうにあたしを見て声をかけていく。あたしはそれが得意そうに笑う。
なんてことだろう。小さいあたしは今のあたしなんかよりずっと、おしゃべりで人懐っこくて親切であったかい。
ガラガラガラ
男の人が入ってきた。それはよく見るとパパだった。パパは、あたしがこんなに小さいのに今のパパと同じくらい年取って見えた。
『おぅ~、大丈夫かい?』
パパは会社の帰りらしくかばんを持っていた。
『一風呂あびて帰んなよ』
おじいちゃんの一言に首をふって
「いや、いい。葉月をありがとう」
そう言うと小さなあたしを抱き上げた。
「さあ、帰るよ」
『葉月はほんとに、うちで預からしてくれないかねぇ』
黙ってうつむいているパパ。
『沙友紀だって、泣きたいところを我慢してがんばってる姿を見ちゃいられないんだがねぇ』
『おまえさんだって、大変だろうに』
パパはママが亡くなってから、こんなにショックをうけていたんだ。
あたしの中でそんなパパは、記憶から抜け落ちてしまっていた。
突然、小さいあたしはパパにしがみついた。
「はづきはパパといる~。ママのかわりははづきがする~」
おじいちゃんは、笑い出した。パパも笑った。
「ほんとかい?葉月、ママのかわりをしてくれるの?」
小さいあたしは、どんぐりまなこを真剣なまなざしにして大きい声で言う。
「ママのかわりは、はづきがする~~」
『とんだ、ちびママだねぇ。しっかりしてるよねぇ。じゃぁ、じじいはもう何にも言わないよ』
カリッ カリリッ
小さな手のひらのこげ茶色のねじれたかたまりを、嬉しそうにかじりだした。
あぁ、あれ、かりんとう。黒糖の甘い香りが口いっぱいに広がった。
パパのやつれた顔にやさしい笑顔が、ほっとさせた。
コツン。コンコンコン。誰かがあたしの頭をたたいている。
くらっとめまいがして足の先から引っ張られていく。くるくると身体が渦を巻いて溶けていきそう 昔の世界からあたしをひきもどす。もどっていく。今のあたしに、今の葉月に。
はっとあたしは顔をあげた。
お客さんがお風呂券をさしだしている。
「どうも、今日も寒いですねぇ」
とっさにあたしは言ってみた。
「ほんと、今年は暖冬だって言ってたのにね」
おじさんが笑う。何人かに声をかけた。みな、嬉しそうに言葉を返してくる。
それだけで、ちょっと心が温かくなる。
言葉って大切なんだ。こっちが心を開けば、むこうも心に響く。
なんだろう、あたしは小さなあたしに教えられた気がした。
『やっぱり、じじいのせいかねぇ』
頭の後ろで声が聞こえた。
おじいちゃんだ、あたしはうれしくて後ろをふりむいたけど、やっぱりおじいちゃんの顔を見る事はできない。
「ううん、いろんな事からあたしが逃げ出しちゃってたんだよ」
『じじいは、責任感じちゃってねぇ』
おじいちゃんが亡くなってからあたしがかわっちゃったから、責任を感じていたんだ。
あたしは自分の悲しみしか感じる事ができなかったから、だから自分が傷つかない方法を選んだ。
それが人とかかわらない事だったし、人を好きにならない事だったのかもしれない。
「ごめんね。亡くなってからも心配させちゃったんだね」
『あたしゃ、お前さんたちのことが気になって見に来ただけだよ』
「おねえちゃんが、結婚したいって」
ふとおじいちゃんに報告しなくちゃと思った。
『そうかい、そりゃ良かった。沙友紀は強い子だったけど、強くなりたくてなった訳じゃないからねぇ』
あたしは、涙が出てきてしまった。
そうだ、強くなりたくてなったんじゃない。おねえちゃんはパパがあんなにやつれてしまって、あたしが小さくって強くならなくちゃいけないって思ったんだよね。
どれだけ、あたし達を支えてくれたんだろう。
パパもあたしもこんなに、しっかり立っていられるようになったんだもの。もう、自分の幸せを探させてあげなくちゃいけないんだよね。
「あたし、本当にがんばってみるね、おじいちゃん」
あたしが言い終わらないうちから、鼻をすする音がした。
『あの、小さかった葉月がねぇ~。じじいの膝の上で笑ってたあの、小さかった葉月がねぇ~。大きくなったもんだ。こんな姿を見せてもらって、あたしゃ神様に感謝しなくちゃねぇ』
涙声になって、おじいちゃんは呟いた。
『本当にこんな可愛い孫の顔が見れるなんて、じじいは幸せもんだねぇ~。あたしゃ、心配しすぎてたのかもしれないよねぇ、信じてりゃ大丈夫だ。おじいちゃんはいつでも見守ってるよ』
あたしは顔を上げて声のする方を探したけど、古い高い天井だけしか見えなかった。
それから、おじいちゃんの声は聞こえなくなった。
「ずいぶん、感じがちがうんだね」
声をかけられてはっとした。
田嶋あおいだった。いつからそこに立っていたのだろう、気がつかなかった。
あたしがぎゅっと口を結んで見つめると
「この間のこと、謝らないよ」
そう言ったけど、あおいはにっと歯を見せて笑った。
「でも、悪かったとは思ってる。兄貴にも駿矢くんにも怒られたからね」
考えていることはわからなかったけど、そのせいで夏香の大切さもわかった気がして言う。
「怒ってないよ」
男湯に入ってくるお客さんに「いらっしゃ~い、寒いですねぇ~」と声をかけながら
「『夢の湯』に入ってくれたのに、覚えてなくてごめんね」
そう笑いかけた。
「ふぅ~ん、本当に感じが違うね。今日は髪もそのままだし、めがねもかけてないのにね」
今日は変装せずにここに座って良かったと思った。
「友達になりたかったのになれなかったからさ」
「えっ?」
驚いて見つめるあたしの方を見ないで、あおいは壁によりかかってつづけた。
「なのに、夏香だけは特別だったから。夏香にだけは笑い顔見せてたから」
あたしに対してあんなにそっけなかった田嶋あおいが、あたしと友達になりたかった?
「わたしが話しかけてもいつも聞いてなかったでしょ」
そんな態度とっていたのだろうか、覚えていない。
そうかもしれない、あたしは人とかかわらずにいたいと思っていたから。
だとしたら、きっとあおいを傷つけてしまったに違いない。他にもそんな人がいたかもしれない。
急に不安が押し寄せる。
「ごめん」
「だから、わたしは葉月に謝らないって言ったの。わたしの話聞くようになったでしょ」
不思議だった。人の気持ちはわからない。
「だからね、わたしがここに来たときはちゃんと相手してくれること!いい?わかったわね!」
「あぁ、うんわかった」
そう言うとあおいは、にぃ~と笑って手を振った。
「じゃ、きょうはそれだけ言いにきたから。またね、また来る」
もう、あおいは後ろを向いていた。手を振りながら去っていく。
言わなくちゃわからない気持ちってあるんだ。あおいの事知らなかった。知ろうともしなかった。
あたしの知らない彼女は、どんな女の子なんだろう?
もしかしたらたくさんの人と触れ合う事ができたかもしれない時間を、あたしは自分から背を向けてきたのだろうか。人はそれぞれいろいろな気持ちを抱いて生きている。かかわらないで生きても、かかわって生きても、同じ人生なんだろうか?きっと、その答えをあたしはこの数日で知ったのかもしれない。
その時あたしは、苦い薬を飲んだみたいに渋い顔をしていたに違いない。
明日は、おじいちゃんの命日だ。