干物のミカタ ~副社長! 今日から私はあなたの味方です!~

あの屋上で

 美琴はエントランスの、壁面装飾の前に立っていた。

 メンテナンスの道具を入れたバケツを床に置くと、目の前のブナの木を見上げる。

 この壁面装飾を見るたびに、屋上で俊介と心がつながった日を思い出す。


 ――あの時は、冷たい風が吹く真冬だった。


 今、目の前のブナの木は若葉が生い茂り、枝を伸ばした力強い姿に変わっている。

 すっかり印象を変えたブナの木は、それだけ時が流れたことを美琴に感じさせた。


「美琴……」

 突然後ろから低い声が聞こえ、美琴は身体をビクッとさせる。

 顔を見なくたってわかる。

 それは紛れもなく、俊介の声だった。


 美琴は、だんだんと潤んでくる瞳から、涙をこぼさないように必死に力を入れる。

「どうしたんですか……?」

 美琴は振り返らずに小さな声で言い、作業を続けようとバケツに手を伸ばした。


「こっちを見てください」

 俊介は美琴の伸ばした手を取ると、そのまま身体を引き寄せる。

 そして覗き込んだ美琴の瞳が、潤んでいるのを見た瞬間、はっと息を止めた。

 その息づかいに気がついた美琴は、慌てて手を引っ込め一歩後ろに足を引く。
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