あなたがいるだけで…失われた命と受け継がれた想いを受け止めて…

 駆けつけてきたもう一人の男性刑事が歩み寄って来て、懐から逮捕状を取り出した。

「千堂里菜。殺人容疑並びに傷害未遂で逮捕する! 」

 男性刑事が里菜を取り押さえ、両手に手錠をかけた。

 里菜はヒカルをじっと睨みつけた。

「…何よ…あんただって、嘘つきじゃない! 変装して、名前まで変えているんじゃない! 」

 手帳を指さし里菜が言った。

 ヒカルが見せた手帳には、ヒカルの本当の名前「城原愛香里」が書かれていた。

「自分は姉のヒカルになりたかっただけです。…神原ヒカル…もう、10年も前に貴女に殺された…。そして、自分の父も貴女に殺された…。刑を服しても、まだ殺人を繰り返している貴女を。自分の手で、逮捕する為に姉の名前を名乗っていただけです」
「…バカじゃないの? …殺されずに、生き延びているのに…わざわざ…」

「詳しい話は、署で伺います」

 男性刑事はそのまま里菜を連れて行った。

 騒然としたオフィスを、他の警察官が宥めていた。


 エントラスを出る時、ヒカルは聖龍と目と目があったが、何を言わないままそのまま去って行った。


 聖龍も特に何も言わないまま、黙ってヒカルを見送った。


 パトカーに乗せられて連れて行かれる里菜を、オフィス街の人達が窓から見ていた。

 
 パトカーに乗せられた里菜は、茫然とした表情のままそっとお腹に手を当てた。
「…忘れていたのに…あの時の痛みなんて…」

 里菜が歩道橋から転落した時。
 怪我の痛みよりも、腹部の痛みの方が強かった。
 激痛を通り越して息ができないくらいの痛みを感じる中、そっと上着が掛けられた時はとても優しく神様からの救いだと思えるくらいだった。
 痛みの中に舞い降りて来て温もりを感じながら目を開けると、聖龍の姿が目に入った。
 そのことから里菜は、聖龍が上着をかけてくれたと思い込んでいた。

「今更どうして痛みが蘇ってくるのよ…」
 
 ズキン…ズキンと、下腹部に痛みを感じ始めた里菜。

 本当は転落した痛みよりも、流産した痛みの方が辛かった。
 しかし、望まない妊娠をして転落した事で流産したことを天の助けだと思った里菜はその痛みを見ないようにしていたのだ。


 
 その後。
 警察が宗田ホールディングにも調査に入って来た。

 里菜が異常なくらい騒いでいた様子をとらえた防犯カメラや、中傷ビラを受け取った社員達の証言も徴収されていた。
 
 その他。
 里菜は経理を利用して、会社のお金を横領していた事も発見された。
 自分が使っているパソコンからではなく、他の社員が使っていたパソコンから操作されていたが里菜が忍び込んだ様子を防犯カメラが捉えていた様子があった。
 経理から不明な送金履歴があると報告は受けていたが、現在は銀行に調査依頼を出していてまだその結果が帰って来ていない状態だったのだ。

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