あなたがいるだけで…失われた命と受け継がれた想いを受け止めて…
恩ねん…
 
 翌日、ヒカルは6時に目を覚ました。
 いつもと違う風景に、昨夜宗田家に来た事を思い出した。

 突然やって来たのに歓迎してくれた凜に、ヒカルは戸惑ったが、お風呂から出ると疲れからなのかすぐに眠ってしまった。

 ゆっくりと起き上がったヒカルは、着ているパジャマを見てちょっと自分でも恥ずかしい気持ちになった。
 白地に赤い花柄の上下のパジャマ。
 城原家にいた時は、ジャージを着て寝ていたヒカルにとってこんな可愛いパジャマ起きるのは初めてだったのだ。

 後から着替えを届けると幸樹が言っていたが、昨夜は遅い時間ゆえに届けられていないのだろうか?

 とりあえず凜が用意してくれた着替えを使う事にしたヒカル。

 ブラウスもスラックスも、ヒカルが選ばない明るい色ばかりで。
 初めて着る色に、ヒカルは抵抗を感じてた。


 ピンク色のブラウスに紺色のスラックス。
 ジャケットは昨日着ていたものと同じだが、ブラウスとスラックスが違えばいいだろうと。
 だが、どう見てもこの格好では女性よりに見える。
 男性として見かけは通しているのに、こんな格好ではちょっと恥ずかしいかもしれない。

 そんな思いで着替えて、1階へ降りて来たヒカル。


 リビングにヒカルが来ると、凜がお手伝いと一緒に朝ごはんの準備をしていた。

「あら、ヒカルちゃんおはよう。昨夜はぐっすり眠れた? 」
「おはようございます。はい、よく眠れました」
「よかった。その服似合っているわ」

 似合っていると言われても、ヒカルは複雑だった。


 間もなくして奏弥も起きて来て、朝ご飯を食べ始めた。

 ご飯と味噌汁と卵焼き、焼きのりと佃煮が並んでいる。
 シンプルな朝食だが、なんだかとても美味しく感じた。


 朝食を食べ終わり、玄関を出ると、スラっと背が高く生真面目な顔をしてカチッとした黒いスーツ姿の運転手が、車を止めて待っていてた。

「あの。自分は歩いてゆきますので、お気遣いなく」
 断るヒカルに、運転手はキョンとした顔を向けた。

「何を言っているの、ちゃんと車に乗りなさい」

 後ろから出て来た奏弥が、ヒカルの背中を押した。

「いえ…。そんな事は…」
「一緒にいるところを見られては、いけないって思っているのか? 」
「それもありますが…」
「別に構わないよ。誰が何を言っても、私は城原さんから大切なお子さんを預かっている義務があるからね」

 言いながらヒカルの手を引いて後部座席に乗せた奏弥は、自分もその隣に乗った。

 凜が見送りに出て来て、車に乗っているヒカルと奏弥に手を振った。

 奏弥はニコっと笑って、凜に手を振り返したが、ヒカルは軽く頭を下げるだけだった。


 どこか緊張した面持で俯いているヒカル…。
 そんなヒカルをっチラッと奏弥が見た。

「その服、とっても似合っているね。その方が、城原さんらしいよ」
「あ…有難うございます。…」
「あのね。一番辛いのは、自分に嘘をつく事だと私は思うよ」

 自分に嘘をつく…。
 そう言われると、ヒカルはチクっと胸が痛んだ。

「ねぇ城原さん。私にだけでいいから、教えてくれないかな? 城原さんの、本当の名前を」

 本当の名前。
 何でそんな事を聞いてくるのだろう? 
 
 ヒカルはチラッと奏弥を見た。

 奏弥は黙ったままヒカルの答えを待っていた。


「本当の名前とは、どうゆう事でしょうか? 自分が、偽名でも使っていると言われたいのですか? 」
「そうじゃないよ。ただ…城原さんが「ヒカルちゃん」って呼ばれると、苦しそうだから」

 ギュッと唇を噛んで、ヒカルは黙ってしまった。

「ごめん…朝から変な事を聞いてしまったね。…今は、名前なんてどうでもいいよ。ここに、城原さんがいてくれるだけで嬉しいから」

 重苦しい空気が漂ってしまい、奏弥が起点を変えてくれた。

 
 ヒカルと呼ばれると苦しそう…。
 確かにそのとおりである。
 だってヒカルと言う名前は… …。



 
 朝の駅前オフィス街は行き交う人で賑わっている。

 そんな中を聖龍が出勤してくると、通りすぎる女性達が足を止め振り返る。

「副社長」
 
 朝から甲高い声に、派手な花柄ワンピース姿で現れた里菜が、満面の笑みで現れた。

 怪訝そうな目をしたまま、聖龍は里菜を無視して通り過ぎようとした。

「副社長、大変ですよ。城原さんの秘密が、エントラスに大きく貼りだされていましたよ」

 はぁ? 背を向けたまま立ち止まった聖龍はチラッと顔だけ振り向いた。

 里菜は勝ち誇ったようにニヤッと笑いを浮かべた。

「副社長、城原さんと付き合っているなんて。あれは嘘ですよね? 」

 嘘だと言い切れる根拠は何だ? 
 とりあえず何が起こっているのか急いでみるか。

 そのまま聖龍は急ぎ足でオフィスビルへ向かった。




 エントラスでは受付に、社員達が集まって何やら騒いでいた。

「なにこれ…」
「城原さん? 」

 社員達が騒いで見ているのは、受け付けに貼りだされた無数の写真とその横に置いてあるDVDに写しだれている淫らな動画。
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