あなたがいるだけで…失われた命と受け継がれた想いを受け止めて…

 青年の姿が消えて、現実が見えてくると。
 里菜の前に一人の男性社員が倒れていた。

「な・何なの? 」

 大き目のハンドバッグを投げつけただけなのに、倒れこんだ男性社員を見て里菜は真っ青になった。

「どうしたんですか? 」
 
 他の社員達が倒れこんだ男性社員の周りに集まって来た。
 
 抱きかかえられた男性社員は、頭から血が滴り流れて唇が青かった。

「おい! 誰か救急車呼べ! 」

 倒れこんだ男性社員を抱きかかえた社員が叫ぶと、近くにいた女子社員が携帯電話をとりだして電話をかけ始めた。

 里菜が投げつけたバッグが傍に落ちていて、男性社員に当たった部分に血がついていた。
 そしてその部分から何かとがったものが飛び出ているのが見えた。

「千堂さん、これは傷害ですよ」
「障害? どうして? 私はただ、変なものがいたから追い払う為にバッグを投げただけよ! 」
「いえ、見ていましたが。エレベーターを降りてから、ずっと独り言のように叫んでいた千堂さんがいました。そして、突然バッグを投げつけて彼に当たったのです」
「嘘! そんな筈ないわ! 」

 救急車のサイレン音が遠くから聞こえて来た。

 サイレン音が聞こえてくると、里菜は真っ青な顔になり耳を覆った。

(殺人犯の子供なんて死ね! )
(お前は汚い子供だ! )
(ほら、ちゃんと加えろよ! )

 里菜を罵倒する事が頭の中を駆け巡り、歩道橋から落ちた時の事が鮮明に思い出されて救急車のサイレン音が大きく響いて来た。

 転落した痛みと、お腹に走った激し痛みが重なりもがいていた里菜。
 そんな里菜に大丈夫ですか? と声をかけたのが聖龍だった。

 だが…遠くで「救急車呼びます」と女の子の声が聞こえた。
 その声はまだ幼そうで、それでいて里菜にはとても優しく聞こえた。

 痛みでもがいていても、やさしい声に里菜は少しだけ救われたような気がした。



「千堂さん? 大丈夫ですか? 」

 後ろから呼ばれる声に、里菜はゾクっとした。
 その声は「救急車呼びます」と言っていた、女の子の声にそっくりだった。

 恐る恐る里菜が振り向くと、そこにはヒカルがいた。

 いつもと違うヒカルに、なんで? どうして? という思いが込みあがって来た里菜は、底知れぬ怒りが込みあがって来た。

「なんで? …あんた、誰なの? 」

 里菜が睨みつけると、フッと口元で笑いを浮かべたヒカル…。
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