湖面に写る月の環
12
「ご、めん」
「あ、う、ううん……こっちこそ、ごめんなさい。急に触られたらびっくりするよね」
「い、いや……」
(そうじゃ、なくて)
赤くなった手を胸元に引き寄せ、もう片方の手で包み込む彼女。今にも泣きそうな顔をする彼女は、しかし努めて笑おうとする姿に、パニックが加速していく。震える声で発した謝罪なんて、何の意味もない。
(早く、冷やさないと!)
——こうしている場合じゃない。早くしなければ。
僕は何も言わず、驚く声を振り切るようにトイレへと駆け込んだ。自身の持っていたハンカチを躊躇なく水に濡らし、硬く絞って走って来た道を引き返す。夕方になって、人が多くなってきた。僕は必死に人混みを掻き分けていく。
「待って!」
夕日に染まる湖に背を向け、歩き出していた彼女の背に僕は精一杯の声を掛けた。振り返った彼女の目が、僕を見て大きく見開かれる。
「どうして……」
「手! 出して!」
「え、えっ?」
「いいから早く!」
焦った僕の言葉に急かされるように、彼女が手を差し出す。おろおろとこちらを見上げる視線を感じながら、赤くなっている手を取り、僕はその部分にハンカチを乗せた。冷たかったのだろう。びくりと動いた手をきゅっと手のひらで包み込む。
(治れ……治ってくれ!)
一刻でも早く。一秒でも早く。目を閉じてそう祈りを捧げていれば、突き刺さる視線にやっと気が付いた。顔を上げれば、視線の元にあったのは――笑う、幼馴染の姿で。
「ふ、ふふっ」
「な、なんで笑うんだよ」
「だ、だって」
何が面白いのかわからないまま、くすくすと笑う彼女を見つめる。……別に、可愛いなんて思っていない。
ハンカチで抑えた手の様子を見ながら、僕は彼女の表情を何度も盗み見た。――さっきの悲しそうな表情はどこへやら。嬉しそうな顔で手を見つめる彼女に、僕は何かを言おうとして……やめた。何だか口にするのが惜しくなったのだ。
(この時間が、続けばいいのに……)
そう思ってしまった自分は、もうとっくのとうに手遅れなのだろう。触れる手が熱くなっていく。二人分の熱を吸収したハンカチは、もう既に温かくなってしまっていた。変えて来なければと踵を返そうとして、手が重ねられる。細い指が、引き留めるように僕の袖を掴んだ。
「大丈夫だよ。もう痛くない」
「で、でも、まだ赤くなってる」
「私、肌が赤くなりやすいの。だからね、気にしないで」
重なった彼女の手が、やんわりと包み込む。直に伝わる優しい体温に、僕は息を飲んだ。
(……やっぱり、彼女は優し過ぎる)
「あ、う、ううん……こっちこそ、ごめんなさい。急に触られたらびっくりするよね」
「い、いや……」
(そうじゃ、なくて)
赤くなった手を胸元に引き寄せ、もう片方の手で包み込む彼女。今にも泣きそうな顔をする彼女は、しかし努めて笑おうとする姿に、パニックが加速していく。震える声で発した謝罪なんて、何の意味もない。
(早く、冷やさないと!)
——こうしている場合じゃない。早くしなければ。
僕は何も言わず、驚く声を振り切るようにトイレへと駆け込んだ。自身の持っていたハンカチを躊躇なく水に濡らし、硬く絞って走って来た道を引き返す。夕方になって、人が多くなってきた。僕は必死に人混みを掻き分けていく。
「待って!」
夕日に染まる湖に背を向け、歩き出していた彼女の背に僕は精一杯の声を掛けた。振り返った彼女の目が、僕を見て大きく見開かれる。
「どうして……」
「手! 出して!」
「え、えっ?」
「いいから早く!」
焦った僕の言葉に急かされるように、彼女が手を差し出す。おろおろとこちらを見上げる視線を感じながら、赤くなっている手を取り、僕はその部分にハンカチを乗せた。冷たかったのだろう。びくりと動いた手をきゅっと手のひらで包み込む。
(治れ……治ってくれ!)
一刻でも早く。一秒でも早く。目を閉じてそう祈りを捧げていれば、突き刺さる視線にやっと気が付いた。顔を上げれば、視線の元にあったのは――笑う、幼馴染の姿で。
「ふ、ふふっ」
「な、なんで笑うんだよ」
「だ、だって」
何が面白いのかわからないまま、くすくすと笑う彼女を見つめる。……別に、可愛いなんて思っていない。
ハンカチで抑えた手の様子を見ながら、僕は彼女の表情を何度も盗み見た。――さっきの悲しそうな表情はどこへやら。嬉しそうな顔で手を見つめる彼女に、僕は何かを言おうとして……やめた。何だか口にするのが惜しくなったのだ。
(この時間が、続けばいいのに……)
そう思ってしまった自分は、もうとっくのとうに手遅れなのだろう。触れる手が熱くなっていく。二人分の熱を吸収したハンカチは、もう既に温かくなってしまっていた。変えて来なければと踵を返そうとして、手が重ねられる。細い指が、引き留めるように僕の袖を掴んだ。
「大丈夫だよ。もう痛くない」
「で、でも、まだ赤くなってる」
「私、肌が赤くなりやすいの。だからね、気にしないで」
重なった彼女の手が、やんわりと包み込む。直に伝わる優しい体温に、僕は息を飲んだ。
(……やっぱり、彼女は優し過ぎる)