湖面に写る月の環
18
「僕は神だ!」
「今日も元気だな」
クラスで本を読んでいる最中、何故か他学年の扉を勢いよく開けて入って来た男の姿に眉を寄せる。……相変わらず騒がしい奴だ。
(というか、何で上級生の教室に普通に来ているんだ、こいつは)
普通であれば緊張して入ることも出来ないはずなのに、目の前の男は問答無用で入って来る。お陰でさっきまで持ち込んだギターを弾いて騒いでいたクラスメイトが驚きに固まっているではないか。しかもガラの悪い連中に、僕は人知れず冷や汗が流れてくる。
(……絡まれたら逃げよう)
流石にあの変人探偵と心中する気は僕にはない。バレないように気配を消す。静かに椅子を引いて、ゆっくりと立ち上がれば、騒がしい声が教室内に響き渡った。
「あ? お前、一年か?」
「此処は二年の教室だぞー。迷子はさっさと帰んな」
(あああ! だから言ったのに……!)
ガラの悪い彼等が探偵少年に絡みに行く。その姿を見て、僕はつい顔を覆ってしまった。だめだ、手遅れだ。
「あっ! それギターっすよね!」
「あ?」
「かっけー! 見てもいっすか!」
「え、あ、お、おう」
(えっ)
……前言撤回。急に仲良く話し始めた彼等に、僕は行き場のない感情を持て余すしかなかった。賑わう光景を、僕は自分の席でぼんやりと見つめる。騒ぐだけ騒いだ彼等は、何故か固い握手を交わし、帰って行った。何事も無く終わった光景に、僕は信じられないものを見たかのような気分になる。
「先輩!」
「あ、ああ。なんだ?」
「いや、ぼーっとしてたんで。寝てたんすか?」
「普通に起きてたけど」
「えぇ。でも」
「寝てないから」
どこか腑に落ちないらしい男に、僕は呆れつつも言葉を返す。……さっきまで少しばかり感心していたのに。それも全て、今ので吹っ飛んでしまった。
(相変わらず勿体ない事をするなぁ、こいつは)
「ところで、何か用事があったじゃないのか?」
「ああ! そうだった!」
「うるさ……」
大声を上げた彼に、僕は咄嗟に耳を塞いだ。通る声が塞いだ手を貫通して鼓膜を突破ってくる。……少しは静かにして欲しいんだが。
「犯人が動いたんだ!」
「はい?」
「だから! 犯人が動いたんだって!」
脈絡も何も無い。
(こいつに普通の説明を期待した僕が馬鹿だった)
込み上げてくる感情を、全て溜息として吐き出す。……まさかここまで説明が下手だとは思わなかった。僕は閉じたままだった本の表紙を撫で、鞄に入れる。要領を得ない話を聞いていられるほど、僕は暇人じゃないのだ。
「今日も元気だな」
クラスで本を読んでいる最中、何故か他学年の扉を勢いよく開けて入って来た男の姿に眉を寄せる。……相変わらず騒がしい奴だ。
(というか、何で上級生の教室に普通に来ているんだ、こいつは)
普通であれば緊張して入ることも出来ないはずなのに、目の前の男は問答無用で入って来る。お陰でさっきまで持ち込んだギターを弾いて騒いでいたクラスメイトが驚きに固まっているではないか。しかもガラの悪い連中に、僕は人知れず冷や汗が流れてくる。
(……絡まれたら逃げよう)
流石にあの変人探偵と心中する気は僕にはない。バレないように気配を消す。静かに椅子を引いて、ゆっくりと立ち上がれば、騒がしい声が教室内に響き渡った。
「あ? お前、一年か?」
「此処は二年の教室だぞー。迷子はさっさと帰んな」
(あああ! だから言ったのに……!)
ガラの悪い彼等が探偵少年に絡みに行く。その姿を見て、僕はつい顔を覆ってしまった。だめだ、手遅れだ。
「あっ! それギターっすよね!」
「あ?」
「かっけー! 見てもいっすか!」
「え、あ、お、おう」
(えっ)
……前言撤回。急に仲良く話し始めた彼等に、僕は行き場のない感情を持て余すしかなかった。賑わう光景を、僕は自分の席でぼんやりと見つめる。騒ぐだけ騒いだ彼等は、何故か固い握手を交わし、帰って行った。何事も無く終わった光景に、僕は信じられないものを見たかのような気分になる。
「先輩!」
「あ、ああ。なんだ?」
「いや、ぼーっとしてたんで。寝てたんすか?」
「普通に起きてたけど」
「えぇ。でも」
「寝てないから」
どこか腑に落ちないらしい男に、僕は呆れつつも言葉を返す。……さっきまで少しばかり感心していたのに。それも全て、今ので吹っ飛んでしまった。
(相変わらず勿体ない事をするなぁ、こいつは)
「ところで、何か用事があったじゃないのか?」
「ああ! そうだった!」
「うるさ……」
大声を上げた彼に、僕は咄嗟に耳を塞いだ。通る声が塞いだ手を貫通して鼓膜を突破ってくる。……少しは静かにして欲しいんだが。
「犯人が動いたんだ!」
「はい?」
「だから! 犯人が動いたんだって!」
脈絡も何も無い。
(こいつに普通の説明を期待した僕が馬鹿だった)
込み上げてくる感情を、全て溜息として吐き出す。……まさかここまで説明が下手だとは思わなかった。僕は閉じたままだった本の表紙を撫で、鞄に入れる。要領を得ない話を聞いていられるほど、僕は暇人じゃないのだ。