湖面に写る月の環

02

「依頼が、ない!」
バンッと手のひらが机を打ち鳴らす音が、誰もいない静かな教室へと響き渡る。入学してから何だかんだと忙しく、気がつけばあっという間に夏を過ぎてしまっていた。手元にあるのは、夏休みに終えた宿題の数々。採点のされたその中にある『探偵活動日誌』と書かれたノートを、探偵少年は引っ張り出した。焦った手つきでバラバラとページを捲り、真っ白なノートに目を落とす。
「四月十日無くし物探し、四月二十八日ノートの貸出、五月十三日代わりに委員会の出席、六月二十六日地域のゴミ捨てのボランティア、七月十七日近所の猫探し、八月は海の家の手伝い…………」
(どれも探偵のすることじゃない!!)
バシンっと激しい音を立ててノートを閉ざす。『探偵活動日誌』とは名ばかりの、ボランティア日誌に探偵少年は冷や汗を流す。……このままでは、自身が探偵であることをみんなが忘れてしまうかもしれない。
「大問題だ……!」
(僕が忘れられるなんて、そんなことあってはならない! 僕は神なのだから!)
探偵少年は急いで教科書類をまとめると、教室を飛び出した。
(事件は自分で探すものだ!)
天才であれば降って湧いてくるようなものなのだろうが、未だ未熟な人間である自分にそんな都合のいいことは起こらないことは考えなくてもわかる。つまり、足で探すしかないのだ。
「まずは困ってる人探しだな!」
こんなに広いのだ。誰か一人くらいはいるだろう。
教室を出た探偵少年は、せかせかと歩きながら周囲を見回す。だが、短縮日課だったからか、ほとんどの人は部活に行ってしまっていたり、帰ってしまっていたりしている。
「くそっ!」
(これじゃあ誰かを探すのも一苦労じゃないか!)
人の少ない校舎を歩き回っていた探偵少年は、焦りに背中を押されるようにどんどん足を早めていく。それは早歩きになり、次第には走り出し始めてしまう。曲がり角で滑るように方向転換をし、ぱたぱたと走り続ける。教員室前はもちろん気を遣って足音を静めつつ、足早に通り過ぎていく。
しかし、どんなに校舎内を回っても、困っていそうな人はほとんど見当たらない。それどころか、奥に行けば行くほど、人を見つけることすら難しくなっている。特別教室を通り過ぎ、気がつけば二学年の階へと来てしまっていた。
「はぁっ、はぁっ……っ、誰もいないじゃねーか!」
「うわっ!?」
「えっ?」
何も出来ない現状に堪らずに叫んだ瞬間、どこからか驚いた声が聞こえた。
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