湖面に写る月の環

23

どうやら彼と婚約しているひがしの周囲で、いろいろと気になることが起きているらしい。例えば何か物が無くなっているとか、何か見知らぬ物が入っているとか、知らない人に突然話しかけられるとか。
「まあ、彼女は美しいから話しかけられるのはよくあるんだけど」
「急に惚気けるじゃないですか」
「ははっ、すまないすまない」
嬉しそうに笑う岡名に、僕は苦笑いを零す。彼は本当に婚約者が好きらしい。
(でもそれって)
いじめなのでは、といい掛けて飲み込む。言っていいものかどうか、分からなかったからだ。だが、そんな心情とは逆に、嫌な予感がひしひしと込み上げてくる。……もし本当にそうなら大変なことなのでは。焦りが込み上げ、咄嗟に岡名を見る。彼は穏やかに微笑んでいて、しかしこちらの言いたいことは何となく察しているようだった。
「岡名さん」
「うん。それは俺も考えたけど、何か……そうじゃないみたいなんだよね」
「そうじゃない、って?」
「無くなった物も増えた物も、彼女にとって特に困るようなことじゃなかったんだよ」
「え?」
「例えば、もう捨てようと思っていた物が捨てられていたり、見知らぬお菓子が入ってたり、食べられていたり」
(なんだ、それ)
岡名の言葉に首を傾げる。確かに、聞いている話の中じゃあ、迷惑というような迷惑を受けている様子はない。
(犯人は一体何がしたいんだろうか……?)
「まあ、流石に誰かもわからない人から貰ったものを食べる勇気は僕たちにはないんだけどね」
「それがいい! 毒が入ってても困るしな!」
「ど、毒⁉」
「こら。余計なこと言うな」
「あだっ!」
岡名の顔から血の気が引いていくのを見て、僕は呆れたように彼の背中を軽く叩いた。不服そうな視線を向けられたが、文句を言われる筋合いはない。
(とはいえ、彼の言う通り食べない方がいいのは事実だけど)
敵意がないとはいえ、知らない人間からの物だ。何があるかもわからない。しかも彼女のように全盲であれば、仕掛けがある線も無きにしも非ずだ。そもそも、害はないとはいえ、放置するわけにもいかない。……これは、結構難しい案件かもしれないな。
「そういえば、進展があったって」
「ああ。それなんだけれど」
最初よりも砕けた口調で話す彼は、ごそごそと鞄の中をまさぐると一枚の封筒を取り出した。真っ白い封筒はどこか上品さを感じるが、何故か気になる雰囲気を醸し出している。彼は少し戸惑うように視線をこちらへと向けたが、意を決したようにゆっくりと封を開けた。ゆっくりと取り出したその紙は、一目でわかるほど歪んでしまっている。何かを張り付けたような、それを無理矢理広げたような、そんな跡。
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