湖面に写る月の環

24

「今度、私たちの婚約パーティーをする予定だったんだ。けど、昨日こんな手紙が届いてね」
恐る恐る差し出してくる歪な紙。それを探偵少年が我先にと受け取る。
「拝見するぞ!」
「おい。丁寧に扱えよ」
「勿論だとも。俺をなんだと思ってる!」
(いや。お前だから言ったんだけれども)
いの一番に雑に扱いそうだと思ったからこそ、こちらは心配になったのだ。そもそも、そんな器用なイメージは彼にないのだから当然だろう。
どこか浮かれるように紙を開く探偵少年。その手付きをハラハラして見守っていれば、手紙を開いた彼の目が大きく見開かれる。嬉しそうだった指先が止まったのを見て、僕は彼の手元を覗き見た。
「……な、なんだこれ」
白い紙を彩るのは、黒と灰色のちぐはぐな文字の羅列。……まさかこれを本当に目にする日が来るとは。
(これが、怪文書……!)
新聞や雑誌の文字を一文字ずつ切り取った歪な手紙は、近頃頻繁に聞くようになった犯罪者の脅迫手口のひとつ。筆跡を残すことなく作成できるそれは、指紋から人を特定することも、切り抜かれた新聞や雑誌が何の新聞なのかを知る事も出来ない今の科学にとって、かなり有利になる手口なのだとこの前の新聞で紹介されていた。文字の大きさは多少バラけているものの、大方のサイズは同じで、かき集めたのであろうことが察せられる。一文字ずつなんて相当な恨みがないとできない上、見た目が歪で恐ろしいので、人はこれを『怪文書』と呼んでいる。
(紙が歪んでいたのは、糊のせいだったか)
紙の後ろを見て、なるほどと納得する。ちなみに書かれている文は、なんてことない、よくある脅迫文で。
「『結婚は認めない。さっさと別れろ』……か」
「……はい」
「これは、岡名さんの元に?」
「いえ。これは真偉の所に届いたものです。中にはカミソリも一緒に入っていまして……」
「カミソリ⁉」
彼の証言に、犯人が明確な敵意を持っていた事を知る。……まさかそんなことまでされていたとは。
どんどん激化していく現状、警察に相談することを提案してみるものの、提案を受けた岡名の表情はあまり良くなかった。――というのも、その大学では奇妙な事が彼女たちの身の回り以外でも起きていたらしく、それに頻繁に呼び出されていた警察は愛想を費やしたのか、「そんなイタズラに呼ばないでくれ」と取り合わなくなってしまったらしい。今回のことも実害は出ているものの、自作自演を疑われかねない為、警察は今回頼りにしたくないのだという。
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