湖面に写る月の環

29

探偵少年はこくりと頷く。いつもより静かな彼に疑問が浮上するが、それを聞けるほど僕は彼との距離を掴めていない。
(……まあ、何かあれば言ってくるだろ)
家庭には家庭の事情があると、僕は自身に言い聞かせて最後の一口を頬張った。中庭はいつものように賑わっていて、同級生たちがサッカーをする喧騒を横目に、僕は新しい小説の設定に思考を巡らせる事にした。……無駄だとわかっていても、書きたい欲は収まらないのである。

──そして、ついにその日はやってきた。
「ここが、件の大学……」
目の前に立ちはだかる大きな建物に、僕は首を使ってめいっぱい見上げた。たくさんの人が行動しているのを見るに、この学校にはかなりの人が在籍しているらしい。
(思ったより大きいな……)
まるで警察署や消防署のようだ。僕は緊張に喉を鳴らすと、ふと周囲に自分以外が居ないことに気がついた。
「あれ」
確か待ち合わせ場所はここで間違いなかったはずだ。再び周囲を見回してみる。だが、やはりというか、待ち合わせしていたはずの人間の姿は見えない。
(どこに行ったんだ……?)
約束の時間はとうに過ぎているはずなのに、一体どこにいるのやら。もしかしたら集合場所を間違えてしまったのかもしれない。
(……仕方ないな)
このまま待っていてもいいのだが、向こうが動くようには思えない。何より、自分が“迷子”として発見されかねないことが何より嫌だった。僕は自分よりも遥かに大人に見える大学生の中を、縮こまりながら歩き出す。
「ったく……どこにいるんだよ……」
(大学前の門に集合って言ったのはあいつだっただろうに)
周囲には人、人、人……。皆、揃いも揃って楽し気に会話をしているのを時折盗み聞いては、苦言を零す。
(約束くらい守れないと、社会人になって大変だぞ)
時間は厳守。それが大人というものだと、父が言っていた。
「……そういえば、岡名さんもいないな」
ふと、予定が決まった日の事を思い出す。確か仕事の後で遅くなるかもしれないから、先に入っていてくれと言っていた気がする。待ち合わせ場所でもう少し待っていた方が良かっただろうか。——いや、でも。
(そもそも、この件は僕には関係の無いことだし)
そうだ。僕は巻き込まれただけで、僕自身がこの件の依頼を受けたわけではない。探偵少年は僕の事を子分みたいに思っているのかもしれないが、なると言った覚えもないから無効に決まっている。
そうともなれば、どんどんとこのまま帰ってもいいような気分になってくる。
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