湖面に写る月の環

32

「お、お前こそ、どうしてここに」
「此処、お姉ちゃんの通ってる大学なの。二人で喫茶店でも行こうって話してて、その待ち合わせ。あんたは?」
「い、依頼の調査に来てるだけだ!」
「ふぅん。そんな不審者みたいな恰好で?」
「ぐっ……こ、これは、変装で……」
「へんそぉ?」
不自然に上がるトーンに、探偵少年が視線を逸らす。ダラダラと汗を流しているのが見える。……少しばかり可哀想に見えてきたが、これはこれでいいお灸かもしれない。
板挟みになっているはずの警備員を見れば、突然出て来た知り合いに言及することなく、当然のように仕事を進めている。もうこちらに意識はほとんど向いていない様にも見える。
(あの女子生徒、結構来ているのかもな)
僕はそう思うと、改めて女子生徒を見た。高校生だろうか。制服を着ている。
(……ん? あれって、うちの高校の制服じゃ……)
「そんなんじゃ、憧れのシャーロックホームズにはなれないわよ」
「う、うるさいっ! 僕はまだ子供だから追い付いていないだけだ!」
「少なくとも、シャーロックなら変装で変質者になる事はしないと思うけれど」
「うっ」
(おお……よく言ったな……)
僕は女子生徒の言葉に、内心感嘆の意を吐く。こんなにハッキリものを言う女性は、早々いない。しかも彼のような美男子に、何の躊躇もなく。
(幼馴染か? それともクラスメイトだろうか?)
「君たち、知り合い?」
「いやっ」
「幼馴染です。すみません、知り合いがご迷惑を……」
「いやいや。気にしないでいいよ」
ここぞとばかりに話題に入ってきた警備員にも、彼女は大人の対応をする。……まるで破天荒な探偵少年とは真逆だ。僕は感心するように女子生徒を眺め──バチりと合う視線に僕はハッとする。
(目が、あっ……)
「ねぇ。あの人あんたの先輩じゃないの?」
「ん?」
「げっ」
女子生徒の指が僕のことをさし、探偵少年が振り返る。突然のことに驚いている間に、探偵少年とも目が合う。まずい。
(見てたのがバレた……!?)
盗み見なんて、やっていい事じゃない。僕は慌てて誤魔化すように、引き攣る顔でひらりと手を振った。周囲の人の視線まで刺さっているような気がするが、気のせいだろう。きっと……否、絶対に。
「先輩遅い!」
「ご、ごめん」
はははと苦笑いをしつつ、人の視線がなさそうな場所に少しずつ移動していく。しかしそれも、探偵少年が駆け寄って来たことで意味はなくなってしまった。しかも嬉しそうな顔で駆け寄ってくる彼に、盗み見をしていたことが罪悪感として押し寄せてくる。……帰ろうとしていたなんて言ったら、流石に可哀想だろうか。
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