湖面に写る月の環

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暗い部屋の中、少年の目が爛々と光る。まるで獲物を見つけた野生動物のような視線に、夜の空気が震えたような気がした。
(怪しいのは、京真偉と同じサークルメンバー……)
サークルリーダーの京朝紀、そしてサークル一の美女の京紀偉、最後に紀偉の親戚である京朝真。京真偉自身も怪しいといえば怪しいが、彼女の目では怪文書を作る事すら難しいだろう。そう考えると、容疑者はその三人に絞られてくる。少年はガリガリと筆を動かし続ける。自分の思考を纏めるように。――忘れる事の、無いように。
「絶対に捕まえてやる」
だってそうだろう。僕という名探偵が関わっているのだから、未解決になんてなるはずがない。
(なんたって僕は神だからな!)
「ふふふ……ハーッハッハッハ!」
「お兄ちゃんうるさい!」
「あ、ご、ごめん」
小さな妹の叱責に、少年は大人しく筆をおき、電気を消したのだった。
――少年は恵まれていた。
小さなころから欲しいものが手に入らなかったことは一度としてない。一言いえばそれは簡単に叶えられ、現実のものとして彼の手元に置かれる。その扱いに文句を言う者はだれもおらず、全てが彼の自由の元で弄ばれるようなものだった。父は有名な資産家で、母はその秘書。順風満帆に過ぎていく日々。……しかし、少年には何かが足りなかった。
「欲しいものがあったら言いなさい。全て私たちが揃えてあげよう」
「遠慮しなくていいのよ。だってあなたは」
「「――私たちの子供なんだから」」
「……」
少年は思う。彼等は決してひどい人間などではないのだと。ただ、金を掛けない人との関わり方を知らないだけなのだと。
だからこそ自分はそうはならないと決心した彼は、父の残した莫大な資産を元に探偵として活動することにした。探偵を選んだのは単に興味があったからという理由だったのだが、やっている内に「もっとたくさんの事を知りたい」と思うようになったのだ。気が付けば、中学生を卒業して高校生に進学していた。その間も、気持ちが変わる事はない。――だが幼い彼には決定的に足りないものがあった。それは偏に、探偵として、人間としての“経験”だった。
探偵に依頼をしに来る人間の悩みは多岐に渡る。猫探しから大事な探し物、人探しに今回のような事件の究明、そして――人生の大切な物事を成す上での、助け舟。つまり人生相談だ。探偵の元には転職や、家の事情を誰かに相談したくて来る人も一定数いる。そんな人たちの悩みを解決するのも探偵のやることなのだとか。
(そんなの占い師にでも頼めよ)
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